![さらば、わが愛 覇王別姫 [DVD] さらば、わが愛 覇王別姫 [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/21DZWTDGVZL._SL500_.jpg)
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商品の紹介 中国激動の時代に生きた、京劇俳優の程蝶衣と段小樓。女形の蝶衣は段小樓を愛していたが、彼は娼婦と結婚してしまう…。戦争が、京劇という芸術の世界も侵しつつあった時代を背景に描かれる、ふたりの男たちの愛憎のドラマ。 前半は、京劇の学校で厳しい訓練に耐える主人公の少年ふたりの友情にスポットをあて、後半は、時代の波に飲まれながらも、愛と演劇を貫く男たちのストーリーがつづられる。段小樓を愛しながらも、その愛を得ることができず、苦悩する程蝶衣を演じるレスリー・チャンの艶やかな美しさが圧倒的な存在感を見せる。段小樓と結ばれる娼婦はコン・リー。監督はチェン・カイコー。カンヌ映画祭パルム・ドール賞受賞作。(斎藤 香)
クチコミ情報
妖艶とは何か、この作品をご覧になれば解る!映画なるものを観るには、問題意識が必要である。
京劇と歌舞伎はどう異なるのか。
京劇のある時代における実態をまず知りたかった。
時代背景とともに、いかに翻弄され現在はどう位置づけられているのか。
どのように 役者は育てられていたのか、
チェン・カイコー監督の作品。
この作品と出会った。
あっと、おどろくまばゆい世界が待っていた。
『覇王別姫』は京劇の「演目」の一つ。人気がありそう。
それにしても、兄、弟として 幼い時から 徹底的に鍛えられた時代。それは 清が衰退し、日本国が侵略し、さらに国民党政府がしきり、さらに共産党政権下になり、文化大革命に時代になったという長い背景の流れにそって描かれている。
美事な作品である。
レスリー・チャン(張国栄)は 美しかった。艶やかであった。華麗であった。だれもこの人には勝てないと思った。
ありとあらゆる「妖艶」を凝縮させるとこうなるのか。
1993年の作品。当時 レスリー・チャンは36歳か。そして10年後の2003年4月1日、わずか46歳で自殺している。
私は、多くのことを この作品で学んだ。
・妖艶
・歴史に翻弄される京劇
・役者になるためのすざましい訓練
私にとっては 宝物である。
それにしても これから 私は 何回もこの作品を観るだろう。
「妖艶」の極を演じるレスリー・チャンをみるために・・・
レスリー・チャン;人生の集大成『覇王別姫』で共演する段小樓と程蝶衣。蝶衣は小樓を愛するが、小樓にとって虞姫は、
やがて妻となる娼婦の菊仙でしかなかった。そう書くと三角関係の物語のようであるが
現実は激しい裏切り行為が何重にも絡む。中国の理解を超える激動の歴史ゆえである。
この映画が世に出て10年後、妖艶な蝶衣演じるレスリー・チャンは自ら命を絶った。
集大成とも言うべきこの映画に出演しなければ、まだ自ら死を選べなかっただろうし、
この映画に出たからこそ、彼は自ら命を絶つことが出来た。と私には思えてならない。
程蝶衣が自分自身のことを、男か女か解らなくなったように、レスリー・チャン自身は、
死の瞬間もしかして自分が蝶衣自身なのか解らなかったのではないだろうか。果たして
彼は2003年4月1日、香港文華東方酒店から「蝶」のように舞い降りるのである。
男としての生を受けて蝶衣(レスリー・チャン)、小樓(チェン・フォンイー)、気仙(コン・リー)の3人を通じて中国近代50年史を描いた作品。3時間を超える大作ではあるが、けっして退屈することはない。むしろこの時間でよくおさまったなと思うくらい濃密な内容に驚かされるくらいだ。日中戦争、人民解放軍北京入場、文化大革命などの歴史上の事件によって翻弄される3人の人生は、まさに外敵に侵攻されるたびに次々とその姿を変えていく<中国という国家形態>を投影しながら、それはまた漢軍によって引き裂かれる項羽と虞美人の物語<覇王別姫>とも2重いや3重写しになっているという練りに練られた脚本をまずほめておきたい。
あの<少林寺>も真っ青の厳しい訓練をつんで京劇スターの座を築いた蝶衣と小樓。女郎出身の気仙と結ばれた小樓に嫉妬する蝶衣の描写が『ブロークバック・マウンテン』のようにキモくならないのは、京劇の女形という芸術的フィルターがかまされいるからに他ならない。中国伝統=京劇の守護者である蝶衣と小樓が現実の壁にぶつかって難破するたびに助け舟を出すリアリストの気仙、というもう一つの構図も実に興味深い。文化革命の嵐がやがて京劇界にも波及し、蝶衣と小樓がかつての弟子の仲間に<自己批判>を強要されるクライマックスは必見。共産主義というイデオロギーの前に、京劇という伝統によって強く結びついていた3人の関係がもろくも崩壊していく様は、まさにジャ・ジャンクーが『長江哀歌』で示そうとしたテーマを凝縮した見事な演出が光っていた。
女としての生を受けなかった男の届かぬ想い。最後は映画らしい終わり方でまとめた本作品はチェン・カイコーのベスト・ムービーであることは間違いない。溝口健二は日本の伝統芸能を映画内に取り込むのがとてもうまい映画監督であったが、それをできる監督が今日本にいったい何人いるのだろうか。歌舞伎役者や狂言師がチャンバラ劇でヒーローを演じたりするのとはわけがちがうのである。
すっごくいい映画です!京劇を愛した程蝶衣の一生を通じて近現代史の中国の歴史が表された作品です。他の方も書いていらっしゃるように何度も見ても飽きのこない作品で、ともかくレスリー・チャンがすごくきれいです。蝶衣という人物が持っている悲劇的背景を体現していますし、女形のときの立ち姿も妖艶でした。時間を感じないであっというまに見終われることのできる映画です。ぜひぜひご覧ください。
涙の意味劇場で観て、DVDで観た。観れば観るほど味わいが増してきた。
美しい映像と俳優陣の演技が織り成す最高の映画だ。
この映像は恐らくラストエンペラーの撮影監督ストラーロの影響が大だろう。
随所で見られる横移動撮影もストラーロのそれだ。
この映画に所々登場する薄布の演出もベルトルッチを彷彿させる。
さらばわが愛で特徴的だと思ったのは赤の使い方だ。
昨年北京へ旅行へ行った時、提灯や建物など、
中国では真っ赤な色が至る所で使われていたことを思い出した。
ストーリー的には陳腐といえる。
三角関係という横糸を動乱の中国という縦糸に紡いだだけだからだ。
映像美と演技が映画の主要核だ。
でもはっきり言って、ストーリーなんてどうでもいい。映像美もどうでもいい。
この映画を名画中の名画たらしめている所以は、レスリー・チャンに尽きる。
彼の演技は凄すぎる。壮絶だ。
これほどの演技はいまだかつて数えるほどしか観たことが無い。
俳優のただ存在だけで、人の魂を揺さぶる・・。
羊たちの沈黙のアンソニー・ホプキンス、ゴッドファーザーのマーロン・ブランド、
燃えよドラゴンの死の直前のブルース・リー。これくらいしか知らない。
レスリーのあの眼。なんて妖艶なんだろう。あの所作!藤原紀香が芋男に見える。
私には同性愛者の友人が多数いる為、彼らの孤独は普通の人よりは理解している。
彼らの人生は失恋の人生だ。誰かを好きになっても、まず報われない。
好きになった相手は大抵、異性愛者であるからだ。
想いを打ち明けることも出来ない。眉をしかめられるに決まってるから。
街を歩いていても、異性愛者のように恋の対象である異性が溢れているわけではない。
彼らの相手はゲイバーなど狭い空間にしかいない。
だから彼らはコミュニティを極めて大事にする。
レスリーを観ているだけで切なくて涙が出そうになる。
実際に同性愛者だったレスリーの苦悩が、蝶衣と完全に重なっている。
レスリーはこの役に素で臨んだはずだ。役作りをする必要は無かったはずだ。
だからレスリーは余計な気を使うことなく、魂を全て役につぎ込めたのだ。
もはやこれは演技ではない。これは彼の叫びであり、むきだしの魂であり、遺書だ。
蝶衣が流す涙は、女が流す涙より遥かに清らかで、綺麗だと思った。
この涙は悲恋を悟りきった者の絶望の涙だから。。
この涙に比べれば、女の涙は計算臭さが混じり、到底純粋には私には思えない。
皮肉なことに、恋愛においては、同性愛者である男の涙に比べると、女の涙が汚く映る。
ありがとう。さようなら。レスリー。愛してる。
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