![レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで スペシャル・エディション [DVD] レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで スペシャル・エディション [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51tzjWT3iSL._SL500_.jpg)
![レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで スペシャル・エディション [DVD] レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで スペシャル・エディション [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/41K1kqeLZKL._SL500_.jpg)
![レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで スペシャル・エディション [DVD] レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで スペシャル・エディション [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/5143Q2fsabL._SL500_.jpg)
![レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで スペシャル・エディション [DVD] レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで スペシャル・エディション [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/41HdTw6a0hL._SL500_.jpg)
![レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで スペシャル・エディション [DVD] レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで スペシャル・エディション [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51I1aWDIqyL._SL500_.jpg)
![レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで スペシャル・エディション [DVD] レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで スペシャル・エディション [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51K5ZJUmB2L._SL500_.jpg)
![レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで スペシャル・エディション [DVD] レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで スペシャル・エディション [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/41Bsj-1TZuL._SL500_.jpg)
![レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで スペシャル・エディション [DVD] レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで スペシャル・エディション [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51%2BhAiMgV0L._SL500_.jpg)
![レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで スペシャル・エディション [DVD] レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで スペシャル・エディション [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/41wibGEtyTL._SL500_.jpg)
|
クチコミ情報
文学としては良し、映画としては駄目。アメリカ版ボヴァリー夫人 作中、パリに行こうと夫を誘うエイプリルを観て何かに似ていると感じました。そうだ!思い出した。ソラニンとボヴァリー夫人だ。
そのシーンのエイプリルはまさに種田にバンドやってよと誘う芽衣子であり、ボヴァリーに困難な外科手術を勧めるボヴァリー夫人です。原作はソラニンよりずっと前ですが、ボヴァリー夫人を下敷きにしているのはかなり確かでしょう。展開が似ていて、日々の生活に退屈しそこから抜け出そうとするところなどはもちろん、浮気したり、ラストにいたってはほとんど同じといってもいいです。しかしボヴァリー夫人と本作では重要な部分でかなり異なっています。それは夫のフランクもまたボヴァリー夫人である、ということです。
まずこの男は全く退屈な夫ボヴァリーとは別人です。ユーモアがありウィットに富み、色んな才覚にあふれています。ただ本当に自分がやりたいもの、生きがいが見つけられないだけです。そしてボヴァリー夫人と同じく日々に退屈しきっています。だからこそ最初、妻の提言を受け入れた後あんなに幸福そうに生き生きとし始めたのです。しかし彼は多くの人たちもそうであるように、矛盾した性格をしています。それは平凡に退屈しながら、それを捨てきれないのです。彼以外でもこの映画ではそうした捨てきれない、生きがいのない男たちが出てきます。隣家の家の主人と大家(?)の夫がそれです。そしてその二人は明らかに幸福そうには見えません。どこか抜け殻のようにボーっとしています。そうしたことを考えると、エイプリルは本当は夫の為を思って彼をパリに誘ったのでは?という解釈も成り立つでしょう。なんだか外見はボヴァリー夫人だけど、中身はソラニンに似ています。主要人物以外の脇役である平凡な人々が悉く滑稽で、批判的な描かれ方をしているのも似ていますね(ソラニンの作者がこの原作を知っていたかは解りませんが)。
この作品はそうした文学的な部分は間違いなく一級品でしょう。しかし見所が少なく、映画としては決して成功しているとはいえません。故に星1つ減です。ただし監督は『アメリカンビューティ』や『ロードトゥパーディション』それに『ジャーヘッド』のサム・メンデスで、本作ではそうした作品を想起させる描写がいっぱいあります。例えば全体的な雰囲気は『アメ〜』ですし、1950年代アメリカの通勤風景は少し年代は違いますが『ロード〜』と撮り方が似ていて、フランクが戦争の思い出を語るシーンは『ジャーヘッド』彷彿とさせます(最後ちょっとキツイかな?)。ですから氏のファンである私なんかはかなり面白かったです。そんなマニアックな人がはたしてどれほどいるか解りませんが、興味があれば損はしないと思います。
面白いとは言えないけれども、見る価値は十分にあります タイタニックの映画の印象が残っていれば、失望する作品かもしれません。娯楽作品とは言えないのです。
1950年代の米国の生活、とくに建物や衣装面でリアルに美しく描いていますが、実際にあのような夫婦がいたかどうかは大いに疑問ですし、あの年代に「革命通り」という左翼的な感じの通りが米国にあったという想定自体が非現実的ですね。
パリ行きを若い夫婦が企て、実現していこうする姿をさまざまの夫婦喧嘩の中で見せているので、あまり楽しい映画ではありませんし、パリ行きは単なる目標設定なので、パリの街角は一切なく、フランスの映像を期待している人達には一層がっかりさせる結果となるでしょう。
しかし、夫婦喧嘩の中身がちょっと普通と違うので、その辺がわからないとこの映画の価値は半減するでしょう。互いに才能があり、どちらも向上心も強く、それなりに誠実な二人が、逆に二人を結び付けてきたそうした長所があったために、パリ行きという夢の実現を巡って争うことになるのです。二人とも自分にとても正直に生きており、その光景は私達をときどき感動させさせますし、二人の上手な演技力は、今まで見た米国映画のうちで最高の部類に属します。
夫婦生活は5年、10年と経ると、段々相手の言うことが“分かりすぎて”喧嘩しやすくなるときがあります。「誤解して結婚し、理解して別れる」という名言があるくらいです。結婚をもたらす赤い糸は、互いの向上心(教養)という精神的な面、互いの欲望・諸々の思惑という世俗的な面でできているようで、両方がほどよくブレンドされたカップルほど理想的な組み合わせであり、この映画の主人公達はまさしくそうした典型的な例なのです。しかし、幸せになるとは限らないーーそれがこの作品のテーマのようです。つまり、文学性は高い映画なのですが、必ずしもそれが面白さを兼ねていないのが残念な点です。
夫婦とは。この作品が伝えることに何ら答えはなく、観るものの視点により、幾通りにも膨らみ抱く形であり、夫婦間のあり方、家庭の持ち方というもの、強いては人生というところを問うたテーマです。
薄氷を踏むがごとく、地球そのものが薄い層で覆われているがごとく、また生活空間というものが自由であるにもかかわらず、何らかの形で範囲が限られた閉塞空間であるがごとく、拘束された中で生活していることは現実かもしれません。
この映画では、結婚前の夢が家庭を持ったことで、特別な存在を理解しあえるもの同士が、生活条件に則った”平凡”という生活に満足できなくなる、夫は郊外より満員電車で通勤し仕事をこなし、妻は郊外の住まいで家事をこなすといったことにたまらなくなったのです。
もっと輝いてもいいのではないか、もっと夢があっていいのではないか。
そう思うにつれ、夢と現実にギャップができ、ギャップはだんだんと夫婦間に溝をこしらえ、あれだけ愛おしかったのに”マンネリ”にしか思わなくなり、悲劇として返ってくるというストーリーなのです。
この映画の素晴らしいところは、マンネリから脱皮し夢を抱いて心機一転しようとしているところに、様々な事象や事案が発生し、その時点でのこころの葛藤をうまく表現しているところです。
現在では直ぐに離婚しておさらばしてしまうといった逃げがあるのですが、大量生産の高度経済成長時期であった1950年代という設定においては、社会に追いつくためにきもちにゆとりがない反面で、そのジレンマに思い悩むという点で最も表現しやすかったのではないかと思います。
レオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットのコンビですが、二人の呼吸がぴったりと合っており、また、1950年代といった往時にも相応しい容姿を醸し出しており、この映画のコンテンツをよく咀嚼して理解した上での熱演であったと思います。
壮大な夫婦喧嘩現在、★5を付けている3名のうち、
作為的評価と思われるレビューは2個
嘘臭い度 67%
『タイタニック』の、あのコンビが復活、
監督は『アメリカン・ビューティー』のサム・メンデス
レオナルド・ディカプリオの演技はスゲェけど、
家族揃って見るような映画ではない・・・
夫婦や恋人へ向けた教本的映画
だったら、僕ちゃんは『ブラッド・ダイヤモンド』のレオ様のほーが好きです。
ケンカをしては仲直り、夫婦や恋人にありがちな日常を描いているので、
年月を重ねれば重ねるほど、共感が持てるはずです。
人生、こんなハズじゃ無かった感が、
ジワジワと表現されてくるので、恐ろしい。
そして、ラストシーンには、夫婦を長続きさせるコツが紹介されます。
まさか、このカットで終わるとは・・・ 想像すらしなかった・・・
覚悟して見るなら、事前に『妻の相談に乗ってはいけない』を
読んでおくと、身につくコトが多そうです。
人間とはいつの時代も悩み、考え続ける生き物 1950年代が舞台だけれども、現代にも共通するテーマを扱った作品。仕事に嫌気がさしている夫。理想の生活を夢見る妻。お互い不満を持ちながら生きている。それでも結婚生活は一喜一憂と続いてゆく。
浮気をして家に帰ってくると妻がバースデイケーキを子供たちと一緒に作って待っていてくれた。パリへの移住を夢見て退職を決意するも会社で重要なポストに抜擢された。人生がうまくいっているのかどうなのかわからない。家では時には怒鳴りあい時には愛し合い。地に足つかず、宙を舞っているかの様な不安定な人生。揺れ動く心情。人生はいつ何が起きるかわからない。
夫婦生活の難しさを感じました。そして同時に人生の意味を追求する夫婦の姿に共感。切なさや悲しさを感じさせます。人間とはいつの時代でも悩み続ける生き物なのだなと、深く感慨にひたりました。
|