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クチコミ情報
日露戦争の開戦経緯とは?タイトルは陸戦となっているが、前半の日露戦争開戦の経緯が興味深い。
国際法を交えて解説しており、こちらの方がむしろ別宮氏の得意分野だろう。
多くの日本人が、「戦争は軍人が戦いを求めて始まる」、あるいは、
「戦争は悪=戦争をした国は全て悪い」という異常な考えを持っており、
これは書店に置いてある戦史の本を見ても、このような左寄りの考え方を
持った歴史家は珍しくない。その中で別宮氏は、「軍命令による攻撃を
開始した側が、戦争を開始した全責任がある」という明確な、
実にわかりやすい考えを持った数少ない一人である。
後半の陸戦ははっきりいって面白くない。他のレビューによると、
間違いもあるようだし、あまり価値はないだろう。あと、
作戦図くらい専門のプロに依頼した方がよいのでは?
結局、児玉は優秀だったように読めてしまいますドイツ式の参謀教育を仕込まれた満州軍司令部の参謀は無能だったが、現場は頑張ったという主張をもって、筆者は日露戦争の陸戦分析を通じて官僚批判を行っています。
この分析視角はシリーズを通じ一貫して筆者の論述を規定していますが、問題は満州軍総司令部の参謀が無能であることを説明する各会戦の分析に多くの誤りがあることです。
内容は開戦経緯から始まって、第二章では鴨緑江渡河と南山、得利寺戦、第三章では遼陽、沙河会戦、第四章で黒溝台、奉天会戦、第五章で総括が試みられます。最終章以外は、ほとんど全部、筆者のHPのコンテンツの内容をなぞっています。既に筆者のHPを読まれた人にとっては目新しさの少ない内容ですが、まとまった文章は紙媒体で読んだ方が頭に入る私のような古い人間にとっては、これは嬉しいです。
とはいえ、内容に関しては、厳しい評価をつけざるを得ません。例えば、第二軍の上陸作戦に対するロシア軍の行動に対する評として、筆者は司馬の海岸に部隊を貼り付けるべきだという案を一蹴し、後方に拘置した戦力を一挙に上陸海岸にぶつけるべきとします。
まるでノルマンディーのドイツ軍に対する論評のようですが、通信も機動力も違うこの時期の軍隊には不可能なことを要求しているように思えます。もちろん、司馬が正しいわけではないのですが、筆者もまた別の方向に誤っているように思います。
詳細は省きますが、このコマンドコントロールに関する妙に現代的な筆者の理解は遼陽会戦についての解説でも見られます。筆者は本書でほぼ一貫して、満州軍の松川、井口両参謀に対して厳しい評価を下していますが、筆者の分析の危うさを考えると、満州軍司令部は無能という主張もそのままに信じて良いのか、疑わしく思われます。
しかし本書で数少ない、完全な書き下ろしパートというべき黒溝台会戦についての部分では、日本軍左翼をがら空きにした松川を擁護しています。秋山支隊の背後には八師団が補強されていたとの主張がその理由です。確かに地図上では秋山支隊の背後には八師団がいることになっていますが、黒溝台会戦の時点では八師団は集結を終えていません。初歩的なミスでしょう。
筆者がこうした誤解をしているのは、本書の執筆にさいして「機密日露戦史」「参戦二十将星 日露大戦を語る」など比較的少数の資料にのみよっているからでしょう。公刊戦史からの引用は少なく、この分野での研究実績からいえば外せない(仮に批判するにしても、です)はずの「日露戦争の軍事的研究」など一連の大江本への言及もありません。
このため、実際には満州軍崩壊の危機であった黒溝台会戦は、筆者の分析では日本軍左翼の危機に矮小化されています。秋山支隊が崩壊した場合、黒溝台を回転軸として日本軍戦線の背景に回ったロシア軍による大包囲の可能性さえあったのですが。
日露戦争の陸戦におけるクライマックスと言うべき奉天会戦については、筆者は乃木三軍の目標は鉄嶺であったとしており、この機動がロシア軍に読まれたため第三軍は独自に第二軍と共に奉天の片翼包囲を狙ったと解釈しており、松川の当初計画を批判しています。しかし第三軍が鉄嶺を狙ったという主張の根拠は提示されません。ここ一〇〇年で初めての紹介される説だとおもうので、根拠となる資料を知りたいところです。
そうでなければ、結局のところ、鉄嶺直撃は筆者の中で着眼され、筆者によって否定された幻想の作戦機動ということになるでしょう。だとすれば、これはあまり意味のある検討ではないでしょう。
結局のところ、筆者の結論は最初から定まっています。満州軍司令部の無能です。
快進撃していた日本軍が、満州軍司令部が出来ると進撃が停滞したことからこれは明かなそうです。 ロシア軍の抵抗が常に画一的であり、日本軍の戦闘力が一定で、地形に変化が無く、補給条件も同様なら、きっとその通りでしょう。私には、そうした条件を満たしているとは、とても思えませんが。
筆者は最終章で官僚批判をなし、満州軍司令部もまた官僚機構であったとしています。しかし、当たり前の話ですが、日本陸軍の中で、満州軍司令部のみが官僚機構的存在であったわけではありません。むしろマクロな視点でみれば、当時の大日本帝国において、日本陸海軍は総体として最も高度に官僚化された組織であり、それは筆者が賞賛する、各軍や、師団以下の司令部あっても同様だったはずです。
メッケルのよってドイツ式の参謀教育を授けられたのは、一人満州軍司令部の参謀達だけではありません。彼らは各軍や師団において、その職責を果たし戦捷の礎となりました。個々人には質的な差異があり、成功と失敗はあったとしても、マクロな視点から見れば陸軍組織の階層間での軍事理論に差異はなかったと考えるのが自然であり、満州軍司令部が無能であった一方で、勇敢で有能な前線司令官や将兵たちが勝利をもたらしたという筆者の主張は、明かな矛盾をはらんでいるように思えます。
もちろん、小規模組織で機能していた方法論が、トップで成功しない事例は多々ありますが、官僚機構が悪いという程度の極度に単純かされた筆者の主張は、そうした問題(が仮にあったとして)の所在を明らかにしておらず、むしろそれを明らかにすることを阻害しかねません。
結局、本書で明らかになったのは、日露戦争の陸戦における何かというよりは、筆者の陸軍組織への認識が、霞ヶ関が悪い、民間は大変なんだと居酒屋でクダを巻くサラリーマンとさして変わらないという事実です。
それ自体はマクロ的に見て間違いではない部分はあるでしょうし、大変親しみやすい史観だと思いますが「歴史評論家」を自称する人物が語るには、せせこましく歴史のダイナミズムからは遠い、浅薄な史観であるようにも思います。
戦史という観点から日露戦争に興味があれば、他の本を先に読むべきと考え☆一つとしましたが、官僚批判で手軽に日頃の溜飲を下げたい時のネタ本としであれば、☆の数を増やしても良いかとおもいます。
現代に通じる高級官僚批判 同じ著者による『旅順攻防戦』を以前に読んで面白かったので、期待して読みました。この著者の本にはいつも明確なテーマがあり、今回は満州軍総司令部のエリート作戦参謀(高級官僚)たちがいかに無能であったかを徹底的に批判しています。
本書を読んで、いちばん印象に残ったのは、日露戦争が海軍主導の戦いであったという点です。しかも陸軍には事前の作戦計画がなく、戦争の準備もしていなかったというのには驚きました。
日露戦争にかぎらず、その後の支那事変でも太平洋戦争でも、海軍が制海権を確保して、陸軍徴用船を上陸地まで掩護してくれなければ、陸軍は敵と向き合うことができなかった。つまり日本陸軍は現場で作戦を立てるしかできない軍隊だと言うのです。大陸国家の陸軍とは大違い。まさに島国の宿命です。日本の近代戦争は海軍が主導権を持っていたという指摘には、目を開かされる思いがしました。
教科書風歴史観への挑戦「『坂之上の雲』では分からない」と冠した同じ著者による日露戦争に関する本としては「旅順攻防戦」「日本海海戦」に続いて3冊目、今回はまた陸戦に関する本ですが、旅順以外の開戦以後、奉天までの戦いを取り上げます。そして、今回はそれに合わせて日露戦争の開戦経緯が前半詳しく描かれています。たぶん、この部分、類書でここまで要領よく描かれた本は初めてでしょう。
そして、開戦後の各作戦が開戦前の陸軍の戦争準備の実態とともに描かれていきます。そこに見えるのは大本営、そして満州軍司令部参謀達の実情を無視した作戦とそれを自らの血と汗でフォローして勝利へと導いた前線の将兵たちの努力でした。
副題の「児玉源太郎は名参謀ではなかった」はいたずらに彼の名を貶めているわけではありません。満州軍参謀長としての彼は神のごとき名作戦を主導するという「坂之上の雲」をはじめとする多くの書で描かれるような人物ではなく、むしろエリート参謀や各司令官達の調整役に徹した政治家向きの軍人だったと著者は述べているのです。この部分だけでもしかし、十分に斬新な見方と思います。
丁度今年はNHKでドラマ「坂の上の雲」が放映されます。しかしこの本は司馬作品を読まれた方にとっては知的な挑戦になるはずです。一方は小説ですが、しかしその影響は我々には大きいものがありました。一種教科書的ともいえる固定観念に対する、事実と精緻な論証の挑戦。あらためてもう一度100年前の人々の肉声に声を傾けてみようかというきっかけになる良書と思います。
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