周防正行監督第3作のこの作品は、秀作ぞろいの同監督作品の中でも特にすぐれたもので、まちがいなく日本映画を代表する1本であると思う。
ストーリーは、妻子をもちマイホームを建てたばかりの中年サラリーマンが、帰りの電車から見る社交ダンス教室の美人教師の物憂げな表情に惹かれ、教室に通うようになり、そこでさまざまな経験をするというもの。まず何といっても、キャスティングがすばらしい。主人公のサラリーマンに扮するのは役所広司。美人ダンス教師役に起用されたのが、日本を代表するプリマドンナ草刈民代。そして竹中直人、渡辺えり子、柄本明らの個性派俳優が、脇をがっちり固めている。
まじめで不器用な中年男を演じる役所の演技は、見ているだけでほほえましい。草刈は役者としてはシロウトで、セリフも棒読みであるが、その初々しさが高貴なヒロインのイメージとぴったり合い、独特の存在感を作り出している。また彼女自身トップレベルのプロであるということが、映画のテーマであるダンスの内容をかぎりなく深いものにしている。
竹中直人についてはいわずもがな。役者としての彼が最もいきいきするのは、周防作品の中であると私は思う。自身の監督作品における竹中は、うるさすぎて閉口することが多々ある。ユーモアにもどことなく作為が垣間見られ、笑えない。ところがこの“Shall We ダンス?”では、たとえば、画面の隅で一人ダンスの練習をするシーンでも、竹中は非常に存在感があり、その姿はとてつもなくおかしいのだ。昔映画館でこのシーンを観たとき、観客が大爆笑をしたのを覚えている。
ストーリーの展開、テンポも絶妙である。ハイライトのダンスコンテストから一旦静にもどり、ラストの感動的な“Shall We Dance?”へと一気に盛り上げるところなど、映画はこんなにも楽しいものかと思ってしまう。
そして、この映画では誰もが美しく、誰もがやさしい。主人公が、さびしい思いをさせてすまなかったとつぶやき、妻を抱きしめる場面。つらく意固地になっていたヒロインの明るく変わってゆく心。竹中扮するうだつのあがらない独身サラリーマンがダンスをやっているのを同僚たちが馬鹿にするのを見、上司である役所が『社交ダンスのどこがいけない!』と一喝する場面。いろいろな性格をもち、いろいろな欠点をもつ人々がダンスを通じて一体となってゆく様子...どこをとっても人間愛にあふれた描写がある。
映画とは何かと問うとき、人はそれに教育や啓蒙の役割をもたせようとするかもしれない。しかし私は、映画とは何よりも面白く、人を喜ばせるものでなければならないと考える。映画人の多くが、芸術性・思想性にこだわりを見せるのも結構であるが、この“Shall We ダンス?”のように見終わった後にすがすがしい気持ちに満たされ、なおかつ何か大切なことを教わったという気分になれるような作品が多く生みだされることを願ってやまない。