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クチコミ情報
最後の校歌斉唱は涙なくしては見られない年代的に70代、80代の方にとって野球の花形はいまで言うプロ野球ではなく、「学生野球」だと言われた時期がありました。そうです。時代背景で言うと戦争末期。当時、プロ野球は「職業野球」として蔑まれていたそうです。当然、神宮の杜に訪れる観客も学生野球が目当てで、職業野球の試合などは閑古鳥が鳴いていたとのこと(以上、父から聞いた話です)。
東京6大学野球の「早慶戦」「慶早戦」はまさに学生野球のドル箱カードで、常に外野席にまで立ち見客が満員御礼が出ていたと。物語は学徒動員の直前、戦局が進むにあたって中止を余儀なくされていた「早慶戦」「慶早戦」を戦地に赴く前に、一度だけでも復活したいという慶應義塾大学塾長・小泉信三(慶應出身の石坂浩二というのがミソ。野球部部長役の三波豊和も慶應出身です)が柄本明演じる早稲田大学野球部監督に試合を申し入れたことから動き出します。当時の戦局はもとより、中断を余儀なくされた学生野球の人気ぶりを知らないと、藤田まことが演じる早稲田大学総長があれだけ強硬に開催反対を唱えていた理由が理解できないと思います。あのような描き方だと、「学生の気持ちが理解できない頑固モノ=早稲田総長」VS「学生の気持ちが理解できる教育者=早稲田野球部部長&小泉信三」という対立構造になってしまいますが、当時の人気ぶりを考えると、早稲田総長も苦渋の判断だったに違いありません。
ともあれ、紆余曲折を経て「最後の早慶戦」はいまはなき戸塚球場(のちの安部球場)で開催の運びになるのですが、試合展開や結果はもとより、最後の校歌斉唱は涙なくしては見られません。いまの早慶戦はどうなのかもしれませんが、対戦相手の校歌を互いに歌い合う対抗戦などは、このカード以外にあまり例がないのでしょうか。
私的なことを言えば20数年前、神宮の杜に通い詰めたクチですが(「慶早戦」のほうです)、試合日程などの面で、早稲田と慶應は恵まれているな、と感じました。だからこその「最後の早慶戦」だと思いますが、他の大学出身の方はどのように感じていたのか、少し気になります。
佳作評者は早慶の関係者であり、このレビューを御覧になる方はその点に留意してお読み戴きたい。
戦争と云う理不尽なもののために青春を取り上げられた上に、命まで奪われる事になった、当時の学徒の苦悩がよく描かれた作品であると思う。ただし、死を前にした学生の心理上の切迫感と云う点に関しては、先輩作品である「英霊たちの応援歌」の方が勝るかも知れない。
早大校歌「都の西北」を慶應義塾側が、慶應義塾第一応援歌「若き血」を早大側が歌い合うエール交換の場面は、本当に感動する。相手校の校歌・応援歌を歌う事が出来るのは、実に早慶の人間くらいのものだろう。これだけ見ても、「早慶」が単なるライバル校同士の関係ではない事が分かる。一方、「海ゆかば」が無いではないかと云う一部の批判があるが、どうしても政治性を持つ歌であるため、製作サイドも悩んだ上での判断であったと考える(「海ゆかば」を作曲した信時潔は、それから三年後に、現在の慶應義塾塾歌(=校歌)の曲作りも担当している。何れも開戦前の事である)。
早慶両校によるエール交換の場面は別にして、いつの時代のどの大学の学生にも降りかかる可能性のある悲劇として御想像戴きたい。現在でも戦争が絶えぬ事を考えれば、一見に値する作品と云えよう。
本作品をプロデュースした奥山和由氏は、あの「226」でも製作を指揮した人物である。奥山氏の名前を見つけた時は意外に思ったものである。
これは、「男たちの大和/YAMATO」を劇場で観ていて、エンディングのスタッフ・ロール中に、あの瀬島龍三の名を見出した時以来の驚きであった。20年の時を経て、職業軍人である青年将校から無名の学徒兵に関心を移した思想上の変遷には個人的に興味を覚えるものである。
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