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クチコミ情報
経済学徒だったので経済学徒だったので、国富論は読んだことがありました。
道徳感情論は読んだことがありませんでした。
2つの理論の背景と関係が分りました。
近代理論を築いたアダムスミスの体系の源泉がなんとなくつかめたかもしれません。
素直な入門書スミスの二大主著を祖述した素直な入門書です。その限りでは有益でしたが、一方で、斬新さもなければ今日的視点もありません。学部の卒業論文の延長のような印象を受けました。
市場原理の前提は、競争に参加している人々にモラルがあることである「諸個人における財産形成の野心によって、市場は拡大し、資本は増大し、その結果、社会が繁栄するp.271」「文明が進歩し、人間が豊かになるのは、富に対する人間の野心があるからである。・・虚栄心を持つことによって、人間は、勤勉に働き、技能を磨き、収入を節約する。・・このようにして経済が発展し、文明社会が形成されるp.87」しかし「財産形成の野心や競争は正義感によって制御されなければならない。制御されない野心や競争は社会の秩序を乱し、結果として、社会の繁栄を妨げることになる。P.271」「フェア・プレイのルールを守ること、・・・正義感によって御された野心、および、そのもとで行われる競争だけが社会の秩序と繁栄をもたらすp.101」道徳感情論と国富論の内容をそのまま書き出しただけの記述が大半を占める本であるが、なにせこの二つの著作は大部で、展開されている議論もまどろっこしく、我々凡人にはこのような図入りの解説本が無ければ内容を理解することは難しい。内容は地味な本だが、「個人は、社会から切り離された孤立的存在ではなく、・・社会的存在としての個人なのであり、・・胸中の公平な観察者の是認という制約用件のもとで、自分の経済的利益を最大にするように行動するp.272。」つまりスミスは個人はアトム(原子)のような存在ではなくモラル・社会性があることを前提にして市場原理を考えていたことを一般人にも理解できるようにしたという点で画期的な本。つまりモラル無き企業人がはびこる現代にはスミスの市場原理は適用できないということである。
ステレオタイプを抜ける快感経済学の新参者にとっても良書といえます。
アダム・スミスの著作『道徳感情論』、『国富論』に触れ、人間の本性と豊かさに関する一般原理に迫ろうとします。読破するにはかなり体力を要しますが、とにかくゴールすればさわやかな風が吹くというか、血肉になる本です。
スミスとは別に、ステレオタイプの怖さと、そこを抜けたときの知的快感についても気づかされます。日本人は「サムライ」と同様、スミスは「見えざる手」。この一言で片付けられ、知らされることのなかった内容のいかに深いことか。スミスの論は経済学にとどまらず、道徳・哲学的な考察へと及ぶので、どのような学術分野の人でも一度は読まれるといいかも知れません。このようにスミスへの扉を開いてくれた著者に感謝です。
スミスは幸福について、心の「平静と享楽にある」としています。これは竜安寺の蹲踞(つくばい)に刻まれた「吾唯足知」(われただたるをしる)を想起させます。どの時代にも現代にも光と影があり、そこを我々がどう生きるか、そしてどのような社会を目指していくべきかが問われているのです。
アダム・スミスが考えたことアダム・スミスと言えば『国富論』と学生時代に記憶した言葉だけ。
「見えざる手」有名な聞いたことのある言葉は『道徳感情論』にて
また、『国富論』にてともに1回ずつしか記述がないとのことで、
アダム・スミスが残した言葉です。それすら知らなかった・・・。
ここでいう「見えざる手」は、市場の価格調整メカニズムを意味する。
スミスは、個人の利己心は、市場の価格調整メカニズムを通じて、
公共の利益を促進するー互恵の質を高め量を拡大するーと考えた。(P.171)
『道徳感情論』が社会秩序から社会の繁栄、富と人口の増大、そして、
『国富論』に繋がり資本論として分業や資本蓄積の自然な姿、さらに
西ヨーロッパのゆがんだ発展に及ぶ。
アダム・スミス自身が言いたかったことに対する解釈の一つの解が
本書であると思う。
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