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クチコミ情報
日本人の哲学・宗教心の由来は?父方は熊本の農民、母方は富山の貧農で土地にあぶれ
北海道に渡ってきました。
両方とも浄土真宗で、高校はカトリック系でした。
確固たる宗教がわからず、洗礼を受けようとしたこともありますが
医師になる直前だったので時間がありませんでした。
日本人の哲学・宗教心がどこからきているのかわからず読みました。
時代も違い、日本人を美化しすぎている面があるような印象を
受けましたが、よくわかりませんでした。
武士道そのものには功罪両面あるかと思います。
どなたか御教授願えましたら幸いです。
勘違いしないで欲しい数年前に「もったいない」「MOTTAINAI」が、Japanese spirits としてグローバルに認識され、環境保護に関心のある諸外国でも使われるようになった。
昨年のリーマンショック以降、「しょうがない」「しかたない」(It can't be helped.)が、2番目のJapanese spiritsになりつつあると聞く。
武士は自分が仕えた武将のためであれば、「しかたなく」腹を切るし、先陣を切って(無謀とも思える)攻撃を仕掛ける。
なぜなら、武将と武士の間には断ち難い絆と信頼が確実にあったのだから。武士は最大限の努力を弛まず続け、武将に至っては武士の数百倍の努力と責任を負うのだ。
この使い方が本来の意味であると私は思う。
日本のサラリーマン社会では、部下も上司も選べない。たまたま配属されてしまった部下、本意ではないけれどもキャリアステップのために管理職になった上司、その関係が続くのは長くでも10年?早ければ1年未満である。
この短期間に前述した「断ち難い信頼」を構築する事は、限りなく不可能に近いと推測するし、実感もしている。
そして多くのサラリーマンは、事が上手く行かない時、理不尽な生産性の乏しい仕事をする時に「しかたない」と口にする。
まるで自分を励ますかのように、もしくは「しかたなく」仕事をしている自分に陶酔しているように。
彼らは身を削るような努力をしたか、責任を負って腹を切るだけの根性/信念があるのか。
グローバル路線を進めようとしている経営者達は、数カ国後で翻訳されている「First Japanese Internationalist」の著書を読み、真に意味を理解しているのか。
勘違いして、誤った使い方をグローバルに広めて行く事は、桜の下の武士達に申し訳ないと思わないのか。
勘違いしないで欲しいと日本で生まれた私は切に願う。
なくしちゃあ・・駄目だ。難解な箇所も多いが、これが、侍の精神か。
日本人全てのご先祖様がサムライというわけではないが、
この国の精神、伝統、誇り、考え方は(途絶えがちだが)
脈々と生きていると感じる。
義:人の路である。
仁:人の心なり。
”生くべき時は生き、死すべきときにのみ死するを真の勇なり”という。
今は、全く逆で、強きものにへつらい、弱きをいじめる、
など、嘆かわしい事件や、事実も多い。
また、市場原理主義にみられる、
個人の欲望の下、行動すれば、市場の見えざる神の手が働く、など、本当か?
金融工学のような、利益を最大限に生み出すためなら、
何をしても許されるという考えは、真実なのか?
そこに、崇高な精神など全く無いのは、明らかである。
だからなのか、日本でも失くしていくのだろうか、
誇り高き武人の心、侍の魂は、、
欧米人が首肯せざるをえない「武士道」論 以前からその存在は知っていたが、何か特別な思想的な含みがありそうで一度も読んでいなかった著作。原文が英語で書かれていることも、今回この文庫を手にしてはじめてわかった。
読み進めていくと、矢内原忠雄氏の訳がとても心地よい。武士道という内容を語るのにしっくり来る、折り目正しく引き締まった文体は読んでいて快感を覚える。
内容について見ていくと、多くの方もおっしゃっているように、欧米の読者を説得することを目的に書かれたことが読む毎に想起される。ヨーロッパの論者が事あるごとに古代ローマの事跡を引用しようとする心性や、名誉や徳を統治の原則として考えていることを著者は知悉して、彼らが反論しづらい形で論を進めていく。そこには、国際外交で日本の正統性を調達し、確保しようとする著者の卓越さが見て取れる。
武士道の具体的な内実に関しては、まだ比較して考えることができるほど調べていないが、「論語」「大学」「中庸」の精神を大きく取り入れて構成していることは理解できる。この著書は、執筆当時に著者自身が再構成したいわゆるひとつの「武士道」というカッコ付きのものであることは間違いないと思う。武士道に限らず、実践道徳や思想は時代時代によって再構成せざるを得ないのではないか、と最近は思う。
読み終えてみると、今の世相、著者が執筆当時に欧米に向けてこの著書を発表した行為、武士道が日本社会で機能していた様子、それぞれが二重写しになり、道徳、といえば今の実感では違うが、生きていることや生きていくことの正統性を見出し、精神的な安定を得ようとする志向、というのはいつの世も変わらないのかな、と思えてくる。
ここで書かれている武士道の姿は自分には魅力的だったが、同時に、自分が少なからず欧米基準で出来上がっていることも教えてくれた。名著だと思います。
じっくり読まないとかなり難しい文体 この本は、以前「グローバルな経済ゆえ、日本人の心を知っておく必要がある」と、ある講習会で紹介のあった本で、読んだものである。
筆者の新渡戸稲造博士は、日本銀行券5000円札の肖像であり明治時代の学者である。日本人による著書でありながら訳者がいるのは、そもそもこの本は「BUSHIDO, THE SOUL OF JAPAN」として1899年に、欧米諸国に対し日本の心や精神の素晴らしさを伝える目的で英文で発刊された本だからである。
義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義・克己など、武士道を構成する日本人の精神を、豊富な欧米の同様な事例と比較対照することで、明らかにした名作であるらしい。口語体に改定されているとはいえ、じっくり読まないとかなり難しい文体で訳されており、また、どうしても人命軽視の考え方が色濃く、人に面前で薦められるほどの感動はなかった。
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