コスタ・ガブラスとイブ・モンタンが組んだ政治映画三部作のトリを飾る作品。ウルグアイで70年代に起きたアメリカ人誘拐事件を下敷きにしています。 映画はウルグアイで誘拐されていたアメリカ人が射殺体で発見される場面から始まります。モンタン演じるこの人物は開発援助のために派遣されていた民間人です。政府高官でもない彼が誘拐されたのはなぜなのか。物語の進行ととも明らかになるのは、彼がアメリカ政府の命を受けてウルグアイ当局の共産主義者弾圧政策を支援・指導していたという事実です。
アメリカが冷戦期に中南米で政治的・経済的影響力を行使していたことは今日よく知られています。反共という大義名分のもと苛烈な民衆抑圧に荷担していたその責任は重いといえます。
しかしだからといってこの映画を見る際に、反政府革命勢力に肩入れし、反動的な政府に批判の目を向ければ事足りるかというと、それは一面的すぎると私は思います。射殺されたアメリカ人は、良き夫、良き父親でもあった点が彼の葬儀の場面で静かに語られます。その彼を拉致し、「これは感情の問題ではなく政治的な問題なのだ」と自分たちに強く言い聞かせながら無慈悲に射殺してしまった革命勢力が無謬なはずはありません。彼らに無批判に心寄せながら見るとしたら、それはテロリズムを認める危険な行為です。
これはただ直截に米国批判を叫ぶだけの映画ではなく、思想信条の左右を問わず暴力に訴えることの非を告発する映画です。民主化の手段として暴力を一度許せば、際限なき憎しみの連鎖が生まれ、それは私たちを実にたやすく呑み込んでしまいます。9・11以来の世の流れに鑑みれば、私たちが解決すべき課題はまさにこの連鎖をいかに断ち切るべきかということです。
思想信条と暴力との関係を見つめるガブラス監督の映画は秀作ぞろい。「ミッシング」「ミュージック・ボックス」「背信の日々」は特にお奨めです。