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クチコミ情報
自然状態から公民状態へ、そして国制の形成、政府の形成の契機とその内実の考察 「人類不平等起原論」での考察をさらに詳しく展開した、1762年発表の著作。
内容は、「人類…」での立場を基にして、自然状態から公民状態(社会状態)への移行の際に個々の社会構成員が「社会契約」を結び、自分の自然的自由をいわば供託することで社会的自由を手に入れるという考え方を示す。供託された自然的自由の総量は主権として、国制を形成・維持する際に機能する法にとっての生命力となること、主権が個々の構成員にとって一般意志として表象すること、主権が法の制定と執行を通じて政府を形成することなど、いわゆる民主政治における主権、国家、政府、社会、人民などの公的な役割についての仕組みとはたらきが、共和国人民としてのルソーの立場から語られる。
ここでの議論の下敷きになっているのは間違いなくモンテスキューの「法の精神」で、基本的な枠組みについては、ルソーはモンテスキューの成果をほとんど丸々戴いている。モンテスキューが用いた図式についての継起的脈絡をより詳しく考察して記述したのが本書の内容だ、と言えるかもしれない。しかし重大な違いは、モンテスキューが君主制の有効性について数々の点を見出しているのに対して、ルソーは共和制擁護の立場から君主制の欠点を大きく取り上げ、共和制の欠点については小さく取り上げているところにある。「法の精神」と本書を読み比べてみると、モンテスキューとルソーの違いがよく分かるかもしれない。
読み進めてみると、前もって抱いていた「過激な共和主義者」というイメージとは異なっていて、国家、主権、政府といった存在に十分リスペクトを示しているので、保守と革新、どちらの側の人にとってもある程度納得できる内容だと思う。例えば「一般意思の無謬性」は、社会の構成員がすべてそれの下にある限り成り立ち、誰かがそこから離脱して生きるならば無謬性は失われる、という記述は、理論的に対立していると思われているエドマンド・バークの意見と両立できるものだと思う。(バークが立場的に本当に対立していたのはヴォルテールやディドロではないか。)この書物のどこに力点を置いて読むかということで、保守主義者と革新主義者は互いに自らの擁護者としてのルソーを読み取れるだろう。全体主義と無政府主義以外の全ての社会思想にとっての公分母になれるだろうと思う。
国家と政府と一つの政党との一体化が長年続いている状況の中、改めて政治制度について知りたい人にとってまず読むべき一冊。
服従契約から社会契約へ 表題の社会契約とは?契約といえば、民法(私法)が思いつく。社会契約とは現代では憲法(公法)関連の言葉なのだろうか。憲法の教科書を見てみると、ルソーの思想は以下の通りの記述である。1、人間は生まれながらににして自由かつ平等であり、生来の権利(自然権)を持っている。 2、その自然権を確実なものとするために社会契約(social contract)を結び、政府に権力の行使を委任する。 3、政府が権力を恣意的に行使して人民の権利を不当に制限する場合には、人民は政府に抵抗する権利を有する。
これらの原理が本書には刻み込まれているのだろう。
「みんしゅしゅぎって、なぁに?」と子供に問われたら。どうする!? おとうさん、おかあさん!!「民主主義=多数決」。多分、皆さん小学校でそう先生に言われましたよね。「多数決は民主主義の原則です!!」、とか言って。「じゃあ、人を殺してもいい法律とか人をイジメてもいい法律とか作ってもいいのかよ」って、思いませんでした?
実は歴史上、民主主義がそんな酷い法律の制定におおいに拘わったことがあるんですよね。言わずもがな、ヒットラーのナチ党の話です。
子供の素朴な疑問から、近代史の謎までをカバーする、古典の名作です。責任を持った大人として一読しておきましょう。
ちなみに「中公」との違いは、「岩波の方が詩的・文学的で格調高い」、と云うことでしょうか。・・・・・・逆に言うと、論文調じゃないので、文芸書を読み慣れてないと難読、と云うことなのですが。
空想と笑い飛ばすのもいいけれど……「生まれつき自由で、そして鉄鎖に繋がれた」ものとしての人間存在が、よりまともな
「鉄鎖」へと自らを引き渡すことを志向した書。本人が言及したのかどうかはさておくに
しても、「自然へ還れ」との命題が決して果たされぬ彼岸であることを誰よりもよく知る
ジャン‐ジャックが、契約をキーとして、耐えうる絆としての社会制度の構築を試みる。
他のレビューが触れているように、幸か不幸か、このテキストの持つ全体主義への危うさは
疑う余地のないところ。しかし、いみじくもカール・シュミットあたりが正確に見破っている
ように、それはルソー固有の問題でもなんでもなく、「近代」における国家論の共通前提で
あって、例えば「憲法」などという概念はそれ抜きにしては決して誕生し得なかっただろう、
いわば劇薬の副作用とでも呼ぶべき代物。
むしろ、現在進行形の問題は、そうした近代国家論のデメリットが既に見えているにも
かかわらず、それに代わる国家論をまるで構築しきれずにいるところ。そうしたパラダイムの
危機を理解し思考を進めていく上でも、必読の一冊と呼べるのではなかろうか。
欲望は人を堕落させるが、生きるためには欠かせない要素でもあるあらゆるものを欠いているように見える時に
人間は一番みじめなのではない
不幸は、ものを持たないことにあるのではなく
それを感じさせる欲望のうちにある。
人間の弱さはどこから生じるのか。
その力と欲望との間に見られる不平等から生じる。
私たちを弱いものにするのは
私たちの情念である。それを満足させるには
自然が私たちに与えている以上の力が必要となる。
だから欲望を減らせばいい。とルソーは言う。
「人間の堕落の原因は能力と欲望の差にある。」
つまり欲望の増大に伴って、
これを充足させる能力の増大が追いつかないところにある
欲求不満の連鎖反応である。
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