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クチコミ情報
自己完結するオブジェへの偏愛稲垣足穂を知ったきっかけは、もう一人私の敬愛する作家、澁澤龍彦が「夢の宇宙誌」の献辞に「わが魔道の先達、稲垣足穂氏に捧ぐ」と記されていたのが初めだったと思います。
それから図書館で検索して「一千一秒物語」を見つけ、澁澤氏の壮大な著作を捧げるのにふさわしい作家だと、納得しました。
月や星の世界に似合うのは、無骨な現代のロケットより、ダビンチが手稿で描いたような美しいデッサンの完璧なオブジェとしての飛行機でしょう。そんな飛行機は墜落して自己完結するほかないとしても。
そんな、純粋なオブジェとしての美の世界に属するものがこの作品にはたくさんこめられています。
コンパス、坂道の帽子屋、カレイドスコープ・・・口にするだけで胸がドキドキするようなイマジネーションを誘う存在に気づかせてくれました。
「飛行」少年が、星くずを集めてびん詰にしたような作品群解説によると、稲垣足穂は飛行家になりたかったらしい。
空にあこがれ、雲の間を複葉機で自在に飛び回る夢は叶わなかったが、
星や月や天空と、自分の心との距離とは、自在な空想力によって近づいたようだ。
――夜更けの街の上に星がきれいであった
たれもいなかったので 塀の上から星を三つ取った
−家へ帰ってポケットの中をしらべると 星はこなごなにくだけていた
Aという人がその粉をたねにして 翌日パンを三つこしらえた
(「一千一秒物語」より)――
なぜ月は天空を回るのか?なぜ星はこんなにたくさん夜空に見えるのか?
人は知識として聞いて、わかったフリをしているだけ。
月がある、星がある、その存在だけで不思議な現象なのだから。
ほうき星がビールびんの中に入ったり、お月様を食べてみたりといった作中の現象も、
現実世界では未だ遭遇したことはないかもしれないけど、
不思議な世界への扉は、ある日突然自分にだけ開くかもしれない。
自分さえ心を空に向かって開いてさえいれば、ね。
…そんな気分にさせてくれる本です。
夜更けの街角で宇宙を幻視する・・・ 数あるタルホ作品の中でも僕が一番好きなのがこれです。ウィスキーを片手にこの本を読み、かつての神戸の夜を、あるいはプラハやエジンバラ、ダブリンあたりの街角を思いつつ、宇宙を幻視できるのは至福の一時でしょう。
そう言えば、『スモール・プラネット』のたむらしげるさんがイラストを描いた絵本版『一千一秒物語』も悪くないですね。星や月との語らいを想い、夜が待ち遠しくなってきます。もっとも、個人的にはイラストなしの方が想像力をかきたてられるけど・・・。
ちなみに所収の『星を売る店』の舞台は神戸の新開地。当時の新開地って今とは比べ物にならないくらいモダンでエキゾチックな街だったのでしょうね。
六月の夜の都会の空想像力が豊かなとても優れた作家だというのは云うまでもありません。 ただ「美のはかなさ」などは引用も多く、私のような凡才には難解な点があり読解に苦労しました。 今も理解できているとは正直云えませんが「黄漠奇聞」や「弥勒」等は本当に魅力的で幻想的な作品です。 「一千一秒物語」はショート・ショート形式ですが星新一も認める作品です。これは"詩"として読んだ方が読み易いです。「A感覚とV感覚」は所謂analとvaginaであり、その感覚の違いを説くのですが、 内容が哲学的な所為もあり、読み手にかなりの想像力が必要とされると思います。 2005年にはちくま文庫で「稲垣足穂コレクション」が発行されるようですので、 この書籍を読破しピンときた方はチェックしてみるといいかもしれません。
キラキラしたモダンな話の寄せ集め実に作り物じみた装置が、ふんだんにちりばめられたおもちゃ箱のような作品です。なんともキラキラしたモダンな話。アップ・トゥ・デートというのではなく、あくまでもモダンです。心理学のユング派の先生が、日本では珍しい内向性感覚タイプの、まさにアダルト・ファンタジーであると何かに書いていました。ぜんまいとか機械仕掛けとか、こんぺいとうなんて言葉を聞いて、意味が分からなくとも、なんかいいなって思える人は是非読んでください。稲垣さんは同性愛傾向を色々言われたりする作家ですが、文学的背景がしっかりした方だし、これはまさに珠玉の名作。
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