
|
クチコミ情報
あやの心あやのやさしい心根が誤解されないことを祈って・・。
まず考えたいのは、「我慢」と「辛抱」は微妙に違うのだということ。
自己犠牲という言葉は、美しいけれども、
ただの我慢では、結局割り切れない気持ちが残ってしまう。後々もしこりが残り続けるだろう。
「おらはいらねえから、そよに祭り着をかってやれ」といったあやの心は、確かにせつなかったかもしれない。
けれども、おっかあがたすかったと喜ぶ顔、そよの嬉しがる顔見たさに
あやはその選択をしたのだ。
それはあやが自分の着物を買ってもらう喜びよりも値打ちのあるものだと
あや自身が判断したからできたことであり、そのような気持ちでなくては
花さき山に花は咲かないのではないかと思う。
この絵本を読んで、‘自分を曲げてまで耐え抜くことが美徳’だとは
思わないでほしい。
涙をためながらも、心の深い所から人の幸せを願えるあやたち村人の心を感じ取ってほしいと思う。
きれいな花が咲くといいな。とても短いお話なのに、心に残る絵本でした。
「優しいことをすれば花が咲き、命をかけて(何かを守れば)山が生まれる」
そんな場所が本当にあったら素敵。たとえ架空の空間でも、行ってみたいと思います。
今、誰かのために、何かを我慢している人すべてに、きれいな花が咲いてくれるといいな。そう願わずにいられなくなります。
これを読んだ子供たちにも、新しい花が咲いてくれる気がします。
切なさに思わず涙があふれました。お話の素晴らしさは言うまでもなく、滝平氏の版画の世界も、子ども達にとってはとても新鮮なものに映るようです。黒地に色鮮やかな色彩が目をくぎ付けにします。遠目も効いて素敵な絵本です。子ども達の息を呑むほどに真剣な眼差しと、お話の切なさに思わず涙があふれました。そんなとっても素敵な絵本です。
読み聞かせると子供が静かに聞いてくれる絵本NHKの番組でこの絵本を女優の渡辺えりこの朗読で聞いた。 あまりにも感動的だったので 本を見つけたときにはとても嬉しくて すぐに開いた。 自分で読んでも本当に胸を打つ話である。貧しいためにきょうだい全員の着物が新調出来ない。 姉は妹に新しい着物を譲る。 その優しい気持ちに花が咲く。 双子の兄は母親のおっぱいが弟に飲みつくされるのを 涙ながらに我慢する。 その涙に花が咲く。 優しい気持ちには何かの見返りがあるみたいな話である。 絵はどちらかというと大人向けだが 小学1年の息子は静かに聞いてくれる。 いい話は子供にもちゃんと伝わるんだと思える絵本である。
花さき山は、誰の心の中にもある子どもの頃に読んだ時にも感動したけれど、大人になって読み返してみると、子どもの頃よりももっと深い感銘を受けました。 昔と捉え方が変わったことは、おそらく「自己犠牲」ということでしょう。 子どもの頃、私は重度の神経症でした。 両親に認めてもらえなかったため、「人に誉められること」が何よりも大事でした。「自己犠牲」ということに、「私はいい子だ」という、どこか歪んだ自己満足、ナルシズムを感じていたのだと思います。 でも今は違う。人は関係ない。それを、最近ようやく体感できるようになってきました。 「自己犠牲」は、実は「犠牲」なんかではなかった。 それは、ただ「自分の心に花を咲かせる」というだけのことでした。 「犠牲」というより、それはむしろ自分を本当の意味で愛し、大切に慈しむことなのだと思います。 そしてそれは、図らずも、他人の心にも花を咲かせることでした。 自分を真に愛することは、図らずも、他人をも真に愛することでした。大人が読んでも、子どもが読んでも、何度読んでも、胸に熱く迫る。 滝平二郎氏の素晴らしい切り絵については、今更何も言うことはありません。 「モチモチの木」と共に、この絵本は心の宝。 こういう本を、まさしく「名作」というのでしょう。
|