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商品の紹介 静謐で淡くささやきかけるような映像。大事な思い出をのぞき込むかのような、ささやかな世界。東京ローカルを舞台に、一組の少女と少年の初恋と、その顛末を3つの短編で描く。極めて少人数でアニメを制作する、新海誠監督の3作目となるフルデジタル作品だ。 過去にとらわれた少年は、少女と離れることで未来へ進むべき足を止めてしまう。記憶に根差す個人の時間(カイロス)と、絶対的に流れる世界の時間(クロノス)の差異の美しさと痛々しさが深い。主題歌の「One more time, One more chance」は山崎まさよしが1997年に発表した曲だが、名曲は時を超え、色あせないことを証明している。情熱的に何度も繰り返されるサビの果てにたどりつく結末を、ほろ苦いハッピーエンドと取るか、鬱なバッドエンドと取るか……。ちなみに、新海監督が制作したPV「One more time, One more chance『秒速5センチメートル』Special Edition」では、アニメ本編と対にあたる映像となっている。あわせて観るとさらに作品が深く楽しめるはず。(志田英邦)
クチコミ情報
初恋…初めて異性と、感じた瞬間。初めて感じた思いを思い出しました。
ただ…ただ…会いたい気持ちで胸がいっぱいになった夜…。 雪と距離に邪魔された…二人。
何もかもが自由な自分達と信じてた頃…自由になれない物を少しづつ大人になっていくにつれ知ってしまう…とても残酷な時間。
当たり前の事を、当たり前と思い、振り返って見る事が少なくなってしまった方に見て欲しいお話です。
消えなかった想い 誰にでもある平凡な日常に秘められて細やかな想いを、美しい映像でひそやかに描いた作品。届かない想いや過去の記憶の中に溶け込んだ気持ちが作品の中に溢れている。
外国のアニメファンにも高く評価されていると知って半信半疑で見た時は、美しい映像に感心しても、それほど良いとは思わなかった。しかし、心に引っかかった何かが気になって、数日後にもう一度見直すと、いかにこの作品が素晴らしいかがよく分かった。
卒業間近の小学6年生から始まるこの物語は、主人公が通り過ぎた2つの時間と現在が描かれている。しかし、最初の少年と少女の二人だけで完結した世界に入り込めなければこの作品は理解できない。なぜならそこには通常のアニメのような大きな事件やエピソードは存在しないからだ。
両親の都合で離れ離れになってしまった二人が、少女の住む町での再会する第1話。転校した種子島でつづられる届かない想いと哀しみ。そして東京での暮らしの中、消えてゆくものと決して消えないもの。心の中に秘められたささやかな想いは桜の花びらや雪のように音も無く降り積もる。
誰かを愛することが幸せをもたらす時もあるように、誰かを愛することでどうにもならない哀しみを背負うことだってある。そしてそれにより一層深い孤独を感じなければならないことも。この作品はそんなつ哀しみを背負った主人公の過ぎ去った時間が描かれている。そしてその時間の中で決して消えなかった想いも。
凄いアニメ7『文化ブログ』http://abekaheki.blog72.fc2.com/
遠く遠くに輝く星この映画の主役はなんといっても映像でしょう。会話やストーリーは簡潔で、その分映像で全て語っています。全体的には悲しげな雰囲気ですが、小説などで景色の描写がそれを見る人の心境を表すように、この映画全編を通して描かれる美しい景色は、日常のささやかな、けれども確かな『希望』の象徴なのではないでしょうか。
以下ネタばれ。そこで是非とも気づいてほしいのが主人公が追い求めていたもの。踏み切りの向こう側にあったもの。具体的には明里ですが彼女は象徴的な存在です。この映画の一番最初と最後の踏み切りのシーン、わざわざ同じアングルにしてあるのだから当然意味があると思います。最初に小田急が画面いっぱいになったシーンは、ラストの貴樹が踏み切りで振り返ったシーンにつながっているのではないでしょうか。PVでもそうでしたしね。
小学生時代の初恋の人を忘れられず、中学、高校、大学と過去に縛られて生きてきた貴樹(ずっと小田急の向こうにいるはずの明里を見つめる貴樹〔小学生から大人へ〕)・・・年月が過ぎ(小田急が通り過ぎ)大人になった貴樹の目の前に明里の姿はなかった・・・
貴樹が追い求めていたのはもちろん明里です。しかし、文通が途切れ、時が経つうちにいつの間にかそれが具体性を失っていきます。(第一話、彼女を守れるだけの力がほしいと強く思った→第二話、最初のシーンで貴樹が見ているのは明里ではなく遠くの光、→第三話、コンビニに入る前の独白「届かないものに手を触れたくて、それが具体的に何なのか・・・会社を辞めた」)
このように明里への想いは徐々に抽象的になり最後には貴樹ですら何を追い求めていたのか分からないと言っています。これがラストシーンで明里が姿を消した理由ではないでしょうか。ストーリー上で納得いく理由というのは明確に説明されていませんが、それはそもそもこの作品のメインの部分に細かいストーリーが必要ないからだと思います。
そして最後に貴樹が微笑んでいたのは、彼が追い求めていたものが明里という具体的な存在から、なにか大切なもの、想い、に姿は変われど存在していたから。そんな大切な想い(大切な人)をどこかに隠している世界そのものを愛おしく思えるよな気持ちがあったからではないでしょうか。
それこそがこの映画の根底にあるもの、全編に散りばめられた美しい世界の、微かな、けれども確かな希望なのだと思いました。 ストーリーだけなら中途半端な恋愛物語がこれほど心を揺さぶるの理由は、こういったテーマが無意識のうちに伝わってくる作品だからなのではないでしょうか。
最後に小ネタ一覧(想像+小説より)
第一話・・・
踏み切りのシーンのラストとの繋がり
手紙を書いている貴樹の思いは鳥になって明里の元へ
岩舟駅への道中、焦る貴樹の想い→吹雪・半分諦め?疲れ→静かに降る雪
明里との別れのシーン、明里「あなたはきっと大丈夫。」(もう会えない、諦め?)
それに対する貴樹「手紙書くよ。電話も。」(諦めきれない、執着)
鳥は二羽に(二人の当てのない思い)
第二話・・・
冒頭シーン、遠くの太陽?を見つめる貴樹、弓道で遠くの的を真剣な瞳で狙う貴樹(過去への執着心の比喩)
冒頭シーンの景色と後に花苗が紙飛行機を飛ばした場所の景色の構図が同じ、特徴的な木が一本あり、夢の中での太陽?の光は現実には風力発電のライトになっている。心象風景の元?
私は犬じゃなくてよかったなあ(犬のカブが花苗のすぐ横でしっぽ振りまくり)
カブのエンスト(花苗の決心が折れる)
太陽系外探査のロケット(遠く昔の思い出、深遠にあると信じる大切な思いを追い求める貴樹)
打ち上げシーン(ロケットと自分を重ねる貴樹、貴樹はロケットと同じだと思い知った花苗)
ロケットの煙で真っ二つに分けられた空、電線で真っ二つの月(ロケット打ち上げ前と後の花苗の心境の変化)
第三話・・・
探査機が目的地?に到着(貴樹の思いも終着点へ)
明里と貴樹が昔を思い出す(雪と桜の花びらは思い出の象徴、東京の上を飛ぶ二羽の鳥は二人の想い、魂の彷徨)
桜の花びらを握り締める貴樹、特に気にしない明里
映画でみたかったなあ・・・
決して誰にも晒すことの出来ない”心の聖域”普段あまりTVもチェックせず、アニメにも疎いのですが、たまたまチャンネルを変えた先で、BSでこの作品が流れていました。
観ているうちに、何か、”こんな映画を待ってたんだ・・・”って感じで、いつの間にか部屋を真っ暗にして、丁寧で心の奥底の一番深く痛い部分にふっと入り込んでくるような隙の無い”映像美”と、主人公の少年と少女の、本当に相手を想うが故の”寡黙さ”と、数少ないながらもやっと言葉を交わすような”危さと緊張感”に、食い入るように見入ってしまいました。
全体のストーリー的には、他の方も書かれている通り、第三話の展開で賛否がわかれるようですが、それを差し引いてもこの作品には、他の膨大で”凡庸な”アニメとは一線を画す決定的な”何か”があります。
”日常”では、とても気恥ずかしくて決して誰にも晒すことの出来ない”心の聖域”は、私達が意識している以上に、自分自身の”日常”を支配してしまっていることだってあります。
そしてそれは、この作品で登場する、穢れを知らぬ”制服を着た中学生”だけに許容される”想い出”だけではないのだとも、私は感じます。
それは、ほんとに小さいようでいて、人によっては全人生をかけた、永遠の命題にすら成り得るのです。
ストーリー云々より、この作者が最もやりたかったことは、無駄の無い”心の聖域”を見せ付けることではなかったのかと思います。
個人的な意見ですが、最終的にこの作品は、一人一人が持っている”心の聖域”の濃淡と強度により、駄作にも成り得るし、稀有の名作にもなると思います。
まさに”人を選ぶ”作品ですね。
テレビで……見ました。 BS2でやってました。 知ってはいませんでした。ただチャンネルを適当にかえてたらふと目にとまっただけで。
見入ってしまいました。 綺麗な背景。 心安らぐ音楽。 絶妙な間。 と「人」。
びっくりしました。 こんなアニメ見たの初めてでした。
自分は、見終わった後すぐにもう一回見たいと素直におもいました。
しかしいろいろ話し足らずなコトもある作品だと思います、あると思いますが、単純に胸が熱くなる映像だったので…買いました。
いろいろ言って訳分からないカンジですけど、買って損はないです。これは。
距離なんて関係ないってずっと信じてたあの頃…。
儚い夢を持ちきれていなかったあの頃……。
大人になり、現実に脅かされている今………。
あぁ……若返りてぇ。
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