![悪い奴ほどよく眠る [DVD] 悪い奴ほどよく眠る [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51MRBMN62RL.jpg)
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商品の紹介 土地開発公団副総裁・岩淵(森雅之)の娘・佳子(香川京子)と秘書の西(三船敏郎)との結婚披露宴の席で、公団課長補佐が警察に連行され、そこから公団と建設会社との不正が明るみになろうとするが、その証人たちは次々と命を断たれてしまう。そんな折り、西はあるひとつの計画を実行に移そうとしていた…。 黒澤明監督が自分のプロダクションを設立し、その第1作として選んだ社会派サスペンス映画。収賄事件に個人の復讐劇を織り混ぜたエンタテインメント仕立てで描きながら、タイトルどおりに「悪い奴ほどよく眠る」現代社会はまさに人間の欲望がうごめくジャングルであると、世の不正を痛烈に糾弾。佐藤勝の音楽もそれを受けてブードゥ教の音楽をベースにバーバリズム感を巧みに醸し出している。(的田也寸志)
クチコミ情報
現実もこうしたものなのだろう。看過できない。現代にも通じる政官界と業者の癒着や汚職を題材とした映画だ。
見ていて腹がたってきた。
権力に近づくための媚びへつらい。秘密の保持には殺人も何食わぬ顔。
テレビ放映でちょくちょく取り上げてよい作品である。
現実世界では、報道・警察・検察の仕事にたずさわる方々に、大いに正義を発揮してほしいと願わざる得ないと、見終わって思った。
汚職や腐敗を扱った映画としては、ストレートすぎるきらいもあるが、脚本の巧さと演出力で一気に見せる この映画に★5個の評価を与えるかどうかは悩むところである。これほどストレートに役人の汚職や役人を描くのは単純すぎるのではないだろうか、あるいは香川京子への三船の愛情は描かない方が(あるいは逆にもっとドラマの主軸の展開に絡ませても)よかったのではないだろうか、最後の場面で巨悪が姿を見せずに終わってしまうのは消化不良ではないだろうか、といった疑問の数々が常に頭をよぎるのも事実である。しかし、それでも何回も繰り返し見てしまう脚本の上手さと演出のダイナミズムに圧倒される。コッポラがこの映画が大のお気に入りというのも頷ける。一般的には黒澤明の失敗作(それでも普通の監督にはとてもこのレベルの映画は作れない)と評されることが多いが、生き物の記録」といい、この「悪い奴ほどよく眠る」といい何かに憑かれたような黒澤の演出力には脱帽する他ない。
あの電話は誰からかかって来たのか? 私の知人で、政界に詳しい人が、私に、こんな事を言った。−−「政界って、本当に人が死ぬからね。『悪い奴ほどよく眠る』みたいな事が本当に有るからね。」−−恐ろしい話である。逆に言へば、この人のこの言葉の中に引き合いとして名が挙がる所が、この映画(『悪い奴ほどよく眠る』)の凄さであろう。
オーソン・ウェルズは、或る日本人に、「黒澤明には、ハムレットの映画が有っただろう。」と言った事が有ると言ふ。この映画を指して居る事は間違いの無い事と思はれるが、興味深い見方である。又、ジャーナリストの江川紹子さんは、以前、自身のHPで、この映画(『悪い奴ほどよく眠る』)の結末で、主人公の新妻が、主人公の居場所を敵に教えてしまふ展開が、プッチーニのオペラ『トスカ』に似て居る事を指摘して居たが、これも、興味深い指摘である。オーソン・ウェルズも、江川さんも、興味深い事に気が付いて居る。
ところで、最後のあの電話は、誰からかかって来たのだろうか?
(西岡昌紀・内科医)
いつの日のどの世界でも悪い奴こそ、よく眠る善と悪、どのそしていつの時代の社会にもある、悪い=巧みな奴。癒着、共謀、自己保全、策略、得意な奴はいつの日にもいるものだ。政治にしてもローマ時代からすでに腐敗との共存共栄関係だった。悪い奴は時代が変わろうが、結局なくなりはしないのだし、いつも善と悪は隣り合わせにあるものなのだろう。しかし、本作品の結末は悲しいすぎるものだ。これが宿命なのか。黒沢の世界観とはこれなのか。それとも、善とは追い求めることであり、いつもほんの少しの距離で手の届かないものなのだろうか。または、それに向けて手を伸ばそうとする営みが、善そのものなのだろうか。明らかなのは、悪があるから善があり、善があるから悪があることではないか。
この映画の素晴らしいのは、エッジが立ちすぎるほどの登場人物の”立ち方”や、突き刺さるようなストーリー、迫真の描写と息を飲む展開であろう。画像の質やら映画自体が古いことなど、全く評価の圏外になってしまう。すぐれたコンテンツは画像の質ではない事の証明だ。まさに時代を超えて視聴されるべき映画で、ハリウッドの本場、アメリカでは評価が抜群に高いのであるが、日本ではなぜか過小評価にとどまっている。残念だが、宣伝広告の有無が日本の消費者の評価に影響を与えているのは、疑いがないだろう。広告に踊らされず、本当の価値のある作品を評価する風潮が高まり、本物の作品ほどよく眠る、ことがないことを願いたいものだ。
巨大すぎる悪この映画には悪という存在がとても忠実に表現されています。巨大な企業のトップに君臨する男は、まるでそれがひとつの仕事かの様に、自分にとって不利な者たちを次から次へと死に追い詰める。しかもそれを自分の部下にやらせ遠回しにプレッシャーをかけて、確実に実行させる。この映画を見るとまるで善良な人間は上へはいけないのかと、錯覚してしまいます。「悪い事をして夜眠れなくなるのは、まだ半端な悪だからだよ」と悪を悪と認識しなくなった時、人はぐっすり眠っていくのでしょうか
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