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クチコミ情報
凄まじい努力そしてどれほど苦労して生きてきたか。力でねじ伏せる欧米の文化はもう完全に自分の中で終わっています。
ここ4−5年はアジアのドキュメントが多いですね。
その中で出会ったドラマ
テレビで娘さんのドラマを見た後でこの本に遭遇しましたが
とにかく引き込まれました。
真実とは何とすごいのでしょうか。
苦難の中、大変な思いをして生きてこられて
25年前のいまだにあのNHKの孤児のテレビが焼き付いていますが
本当の事を知って自分の当たり前の境遇に感謝し
それでも心の広い中国を好きになりました。
感動しました。
作りものではない、真実の重みを感じました。
戦争の記憶は遠くなり、多くの悲劇が忘れ去られようとしています。
急速な経済発展を遂げ、大きく変貌する中国に、かつて多くの取り残された日本人がいて、故国に帰国することも、家族に連絡することもできない時代があったという事実を忘れてはいけないと思います。
この本を読んでから、城戸幹さんが送り得た別の人生の可能性のいくつかを考えることが、クセになっています。偶然や自身の選択から、まったく別の人生を送ることができたかもしれない可能性は、誰にでもあります。そう考えながら、自分の人生と照らしあわせ、存在したかもしれない別の可能性に思いを巡らせます。でも、結局、今の自分しかないのだということに帰着してしまうのですが・・・。
運命とか宿命とかいったことばが頭をよぎったりもします。
もし城戸さんが、これを読んでおられたら、高齢化社会で、城戸さんは、まだ若い、これからも挑戦できるのですと、僭越ながらお伝えしたい。若いころの進学の夢を果たすことだって可能です。私は、50歳を過ぎてから、中央大学法学部の通信教育部に学士編入し、法律を学んでいます。私の周りには、最高齢が80歳以上の方を含めて、さまざまな年齢の方が学んでいます。
とりとめもなく書いてしまいました。
感動は、まだ私の中で、温かい状態で残っています。
この本を書いてくださって、ありがとうございました。
娘が書いた後に本人が書く意義本人が書いたものであるから、当然に娘が書いたものより詳細である。当時の中国の社会情勢を市井のレベルで描写した記述は貴重だし、養母をはじめとして色々な人との出会いと別れは、感情移入させられる。城戸幹と中国人の繋がりを読むと、昨今の反日感情は、やはり、どこかで大きなボタンの掛け違えがあるのだろうなと考えさせられるものがある。
その反面、この本の題名の『外伝』も深く考えさせられるものがある。娘の書いた『あの戦争から遠く離れて』で城戸幹の半生のメインストーリーは押さえられているので重複感は否めない。何せ娘は10年もかけて丹念に取材したのである。また、本人の著書は日記のようであり、詳細であるがところどころ本筋には関係ない逸話が挿入されている辺りはまさしく『外伝』っぽくなってしまっている。
しかし、最後の『解題』にあるように城戸幹はずっとむかしから自分史を書きたかったのだ。娘の著書が大宅壮一ノンフィクション賞を受賞してしまっては、『外伝』を書くしかなかったのかもしれない。それとも、娘が書くのが早すぎたのだろうか?親子だけに複雑な読後感を持たざるを得ない。
もはや「外伝」ではない。真実の重さが伝わってくる1冊大宅賞を獲った「あの戦争から遠く離れて」(城戸久枝著)は、
自力で帰国を果たした中国残留孤児であるお父上(孫玉福=城戸幹)の物語と、
そのお父様の中国時代の軌跡を追う著者(城戸久枝さん)の物語が交錯する好著だった。
この「孫玉福39年目の真実」は、「あの戦争から遠く離れて」の外伝という位置づけである。
確かに「あの戦争から遠く離れて」の前半部分(城戸幹さん中国時代の物語)を
幹さん本人が語ったもの、という意味からすれば「外伝」かもしれない。
しかし、娘(城戸久枝さん)が描いた父(城戸幹さん)本人の手記だけに、
ものすごいリアリティを持って迫ってくる。
もはや「外伝」とはいえない。
城戸久枝さんの「あの戦争から遠く離れて」を読んだとき感動したが、どこかで、
「実際に、お父さんの幹さんは、表現できないような苦しみと苦悩を経てきたんだろうなあ」
と思ったものだ。
「書名」の「孫玉福」に「スンユイフー」という中国読みのルビが振られている。
それはおそらく城戸幹さんの強い意志のあらわれではないだろうか。
中国人・孫玉福として生きた20年間への強い誇りでもあると思う。
数奇な運命……とひと言で片付けるにはあまりに重い事実。
久々に読み応えのある手記だった。
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