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飛ぶ教室 (光文社古典新訳文庫)

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飛ぶ教室 (光文社古典新訳文庫)

ケストナー 丘沢 静也 
飛ぶ教室 (光文社古典新訳文庫)
定価:¥ 500
新品最安価格:¥ 500
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クチコミ情報

正義を象徴した独逸文学

「ブリキの太鼓」ギュンター・グラス
「朗読者」ベルンハルト・シュリンク
「車輪の下」ヘルマン・ヘッセ

ゲーテやシラーを除くといまいち他国よりもパンチに欠けてる気がするドイツ文学の中で
煌めきを持って読み継がれている(私が単に知らないだけなのですが)数少ない作品だと思います。
土地柄や時代的な不遇さが関係しているのか伊・独文学のはらむ陰鬱さは日本人が
社会生活で抱えるそれとよく似ている気がします。
本国(ドイツ)での位置付けはよく分かりません。私は友情の綺麗さから映画版のドラえもんのような印象を受けました。
正義感や倫理、道徳、純粋さの最終防衛ラインと言うか、20歳で読んだ当時私個人は割と感動したものです。
微妙な嘘っぽさを指摘されると自分の過去の感覚に羞恥心あたり出そうですが、
飛びたくなるような機会に不自由はしない今の世の中で
取り戻せない過去を純粋に懐古するぐらいの事は各々に許容されても不利益が無いはず。


ジェンダー観が古臭い

ジャンプで「飛ぶ教室」という漫画が連載された時にも、
ケストナーがブームになった記憶がないが、
なんで今頃あちこちのブログで話題になっているのか判らなかったが、
新訳で出てたからかw
生きるのに役立つ名セリフ満載の本だが、
小説としては書き込みが浅くてタルイよな。
小学生の男子に読ませるなら有効だが、
おっさんが今頃これを読んで感動していては恥ずかしいよな。
「金持ちであることと有能であることは別問題」等の
良識ある大人には当たり前のことばかり書かれています。
国を滅ぼしても自分の利益しか考えない
政治家や官僚に読ませるべきテキストか?
でも、全体主義や資本主義に汚染された現代には、
もう、この本の持つ力はほとんどないと思うよ。
ウーリの命を賭けた勇気の提示も、
今の子供たちには、
「馬鹿じゃん!」とか「つまんないあてつけしやがって!」
と思われて、ウーリへのイジメはなくならないと思いますw
イジメ対策はやはり谷沢永一 先生のおっしゃるように、
「いじめっこの太腿をナイフでブスッと刺す」
のが有効だと思います。
戦えないのなら逃げるのみ。
学校の中で飛び降りても問題は解決しないと思いますよ。
男は勇気が無ければいけないという、
古臭いジェンダー観は乗り越えてない古い作品である。
良作ではあるが、古典として闇に消えていてもよかったと思う。
他校との喧嘩とか、貧乏な生徒の問題の解決も、
ご都合主義すぎないか?
教師のポケットマネーで解決するには、
現代の貧困格差はありすぎるであろう。
というか、いい先生ばかりでムカつきました。
自分を犠牲にして子供を救う先生なんて、
現代ではほんと御伽噺だよね。
子供を素晴しい人間に成長させるために読ませる価値はあるが、
子供を救う力はこの本にはあんまり残ってないと思う。
子供を救うのは夜回り先生に任せて、
子供が嫌いな私は面白い本を読んで自分を救うことに専念しますw


「犬のように」忠実な翻訳

mocoさんのレビュー(2007/9/12「翻訳が特殊です」)に驚いた。「訳者が足した説明」があるから、というのが理由らしい。
そこで、光文社文庫と、もっとも信頼できる版の原書と、mocoさんおすすめの講談社文庫をならべて、読んでみた。

その結果、光文社文庫の翻訳は、とても原書に忠実だった。訳者は、カフカ「変身/掟の前で」の訳者あとがきで、「オリジナルにたいして犬のように忠実に」が翻訳の方針だと書いているが、それはこの「飛ぶ教室」にも当てはまる。

mocoさんは、講談社文庫を物差しにしてしまったから、「特殊」だと思ったのだろう。
むしろ講談社文庫のほうに、ちょくちょく訳し忘れがある。たとえば、光文社文庫139ページ2行目〜5行目の部分などが、すっぽり抜けている。最後まで「原書と見比べた」なら、すぐ気づくはずだ。あるいは、mocoさんの見比べた原書が、まともなバージョンでなかったのかも?

そうそう、光文社文庫で最初のほうに一箇所だけ、「訳者が足した説明」を見つけた。Tertianerの翻訳だ。「ギムナジウムというのは、9年制の中高等学校のことだ。大学進学予定の子どもが、4年間の小学校をすませて10歳で入学するのだが」(19ページ5行目〜6行目)と追加している。
mocoさんは、これに気づいたのかもしれない。しかしこれは、「訳し込み」という翻訳のテクニックだ。
光文社古典新訳文庫は、訳注はつけない方針らしいから、「訳し込み」が必要になることがある。「飛ぶ教室」の話の舞台である「ギムナジウム」については、どうしても説明が欠かせない。だが目立つ「訳し込み」は、この一箇所だけだった。

最初から最後まで、じっくり原書と見比べながら読んでみて納得したのは、ケストナーの古びないスマートなドイツ語が、カットされず忠実に、良心的に翻訳されているということだ。


いいな、不自由じゃなくて

不思議な題名に惹かれて小学生のころに読んだはずだけど、記憶が薄れて、しょせんは子供の文学さという気持ちがあった。古典新訳文庫に入っていることに驚き、思わず手が伸びた次第だが、大人が読む作品とわかって二度吃驚! グッときた最大のポイントは、少年たちと大人二人の素敵な交流、というより、その交流が大人と子供という、節度も理由もない決めつけから抜け出して、かえって節度ある人と人との交わりが描かれている点だ。そういえば、昔はこういうふうに、面と向かって自分を一人前に扱ってくれる大人が、身のまわりにもいたはずだよな。いまの自分がそうである自信はまるでないけれど、その記憶が妙に新鮮に、そしてヴィヴィッドに蘇ってしまった。人生はかくあるべきもの。さすがケストナー、そして訳者。かわいい孫や子がいるまだ若い人という人たちに、とくに一読をおすすめします。

「基礎」としての『飛ぶ教室』

 ひどく登場人物はステレオティピカルで、そこがこの『飛ぶ教室』の最大のミソである。類型的だからこそ、読者は本の中に入り込む努力を少なくして、イメージを受け取ることができるのだ。その削ぎ落とされた感覚が、温かいストーリーとあいまって読者を感動させる。完璧で、堅牢なのだ。ところどころに出てくる、狙いすぎの感もあるアフォリズムもピタリと決まってるし、ストーリーもストンと落ちていて読後感も良い。

 そのような意味で、小説に求められる、基礎的な要素がこの本に詰まっている、と感じた。

 ただ、所詮児童文学だろ、とバカにしながら読むと、類型的な人物が鼻についてしまい、楽しめないのかもしれない。

 あとがきの辛辣さもこの本の愛すべき点である。光文社の新訳文庫は、あとがきが中々面白いので結構気に入っている。



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