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クチコミ情報
タイトル通りの恐ろしく寒い企画いわゆる日本的ピアニズムの代表である坂本氏が選曲したグールドということであるが、おそらく単なる悪い冗談なのだろう。
グールドといえば、ロマン主義的で19世紀的な俗っぽいピアニズムを排斥するため、生涯をかけて戦った潔癖なピアニストであるが、
彼の最も毛嫌いした安っぽいピアニズムの代表選手である坂本氏がグールドをセレクトするというのは、一体全体どういう趣旨の企画なのだろうか。
テレビ番組を見ていないので詳細は不明だが、時代遅れのレガートとペダルを多用して過剰にセンチメンタルな表現をする坂本氏が、
レガートとペダルを否定し、センチメンタリズムを憎んでいたグールドに憧れているというのは意外だった。
実際のところ、このCDには安っぽいセンチメンタリズムが蔓延し、グールドが細心の注意を払っていた論理的な一貫性も欠けている。
坂本氏はグールドの芸術性をまったく理解していないと結論づけても問題ないだろう。(本人はそう思っていないだろうが)
さらに言えば、録音された時間軸にそって並べるという方法論も、
グールドの「録音は時間軸を消し去る効果がある」というメディア哲学と真っ向から矛盾している。
これは、グールドが全面的に否定していたコンサート至上主義的な考えによる、陳腐この上ない発想だ。
この企画を助けたという宮澤氏の『グレン・グールド論』も、
ケヴィン バザーナ氏の明晰な論評には比べるべくもない非常にセンチメンタルでお粗末な内容だったが、
日本ではアカデミックな世界でさえ、こういう知性のかけらもないグールド論で、
楽譜さえまともに分析できない学者が第一人者としてまかり通ってしまうという現実は恐ろしいものがある。
A journey to the polar northということであるが、確かにタイトル通りの恐ろしく寒い企画には違いない。
企画そのものが倫理的に間違っており、このような企画は日本以外ではありえないだろう。
重ねて言うが、これは許しがたくとんでもない企画だ。
グールドを知らない人が、最初にこのCDを買ったら、こんな不幸なことはない。
グールドも天国で悲しんでいることだろう。
このCDに5つ星をつけている人もいるが、たいへん不思議だ。坂本氏のファンなのだろうか。
坂本氏は自分をカッコよく見せるだけのために音楽を利用しているということに、まだ気がつかないのだろうか。
彼にかかると音楽は俗化し、陳腐化してしまうというのに。
マニア向け・・・・・ グールドなら、まずバッハ、モーツァルト。ビギナー向けの「新しいグールド・ベスト盤」とは思えない。国営放送がサポートする、この国のグールド人気は、「神格化」というか、やや異常な感じもする。
グールドの演奏を素材にした、坂本教授の美しいコラージュグールドのバッハ以外の曲の演奏を中心にした選曲・配列に坂本教授の冴えが光る、傑作コラージュだ。ディスク1冒頭からディスク2最後まで録音順に並べており、例えばディスク1でブラームスからウェーベルン、シェーンベルクに飛び、それからベートーヴェンに戻ったりする時代を超えた配列が面白い。グールドと坂本教授の時代に関係なくいい曲はいいという考えがしっかり伝わる。現代音楽の曲も意外に聴きにくさはなく、これまで敬遠してきた私にはいい勉強になった。どちらかというとディスク2の方が、やはり選んだかと思うモーツァルトのトルコ行進曲の他に、歌の伴奏(M2、12、13)やシューマンのピアノ四重奏曲(M3)のようにグールドが歌手・他の演奏者を盛り立てる曲にもしっかり着目していて私には面白かった。特にヒンデミットの歌曲との出会いは嬉しい驚き。個々の曲や表現のオリジナリティが素晴しいのはもちろん、全体としてグールドの精神性、特にロマンティシズムがくっきりと浮かび上がる。ブラームスや最後に1曲だけ置かれたバッハの「枯れた」味も魅力。もっとも私はブラームスの曲には叙情を強く感じるのだが。そしてバッハを選ばないことで却ってバッハの光を感じさせる構成のねらいは成功していると思う。ブックレット所収のグールド像と教授の写真が象徴するように、グールドと坂本教授の魂の共鳴が生み出した稀有のコンピレーションの力作。これでグールドのバッハ演奏に関してはグールド自身の選曲したCD1枚のリトル・バッハ・ブック、バッハとそれ以外の両方にはCD2枚組のイマージュ、バッハ以外の曲には本作、という3種類の名品が揃ったことになる。何れも入門者だけでなくグールドに詳しい人にも発見の多い優劣つけがたい作品だ。
グールドを乗り越えること 坂本龍一が グールドを選んだアルバムである。これはもう聴くしかない。
坂本のバックグラウンドはクラシックであることは知られている。坂本のアルバムを聴くにつれて 時折 きちんとクラシックに還ってきている点は 音楽を聴く耳が弱い僕にしても聴き分けることができる事実だ。そんな坂本が 演奏者としてのグールドを選ぶという企画は楽しい。ましてや バッハを抜きにしてという 極めて野心的かつ実験的なアルバムである。この「バッハ抜きのグールド」というところに 坂本のケレンが見てとれる。
坂本はライナーで 最後に こう言っている。
「だから 今 グールドの後に演奏家になるってのは ほんとに大変なことだと思います
よ。でも みんな乗り越えてやってほしいとは思いますけどもね。やっぱりグールドの
ような演奏家はなかなか出てこないでしょうね」
演奏家としての坂本の視線が見えるような素直な発言だ。この言葉が 坂本が このアルバムを作るにおいての一番の動機だったのではなかったろうか?
もう一つの素敵なクリスマス・プレゼント普段はJazz(特にVocalとかPiano)が好みだが、Rolling Stonesだけは今も厭きずに聴き続けている。その縁でとあるBarが馴染みになったが、ママは若いころ彼らを追いかけ欧米のコンサートを渡り歩いたという「つわもの」で、アルテックのSPをマッキントッシュで鳴らす居心地の良さが気に入っている。彼女は他にもグールド(殆どのCDあり)とかピアソラの大ファンでもあり、しばらく通うほどに、いつしかグールドが心に沁みることに気が付いてとても驚いている。大昔ウィーンに留学経験のある幼馴染みの影響を受け、ポリーニのレコードは十数枚残っているものの、クラシック系の音源を手に入れたのは実に三十数年振りのこととなる。
坂本龍一氏の選曲というのも購入理由の一つだが、何よりピアノ・ソロのみならず歌曲や弦楽曲も入っており飽きることがない。滔々と流れるようなブラームスや「のほほん」としたモーツァルトなど唄うようなピアノが素晴らしいが(ジャケット写真も!)、あまり知られていない『小惑星とか彗星のような魅力的な作品』(坂本氏と宮澤氏の対談より)が並んでいるのも興味津々。門外漢で僭越ながら、個人的には一枚目後半のベートーヴェン→バード→スクリャービンという曲の流れが特に気に入っている。それと適所に納まるベートーヴェンのソナタがアクセントとなり、このセレクションを大いに引き締めているようだ。録音年度順の並びだそうだが、選曲の妙というか坂本氏のセンスの良さと茶目っ気に嬉しくなる。
昨年のクリスマス・イヴ当日に2つのCDが届いたのだが、本命はストーンズの「60年代スペシャルBOXセット」(金四万円也)の筈だった。ところが、このアルバムはそれを差し置いて聴くほどのお気に入りとなっている。難解なところが殆どなく、日頃から『クラシックなんて・・・』と敬遠している御仁にこそお薦めしたい。それと蛇足ながら、周りを見回すとグールド・ファンは意外とストーンズとも反りが合うようなので、『ロックなんて・・・』というお方も是非とも彼らをお試しあれ!(山ほどあるアルバムの中から、まずはSHM-CDの2枚組ベスト盤を。どれか1枚ということなら『Sticky Fingers』あたりで・・・)
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