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ノルウェイの森〈上〉

村上 春樹 
ノルウェイの森〈上〉
定価:¥ 1,365
新品最安価格:¥ 1,365
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クチコミ情報

大変よい小説です

愛することが人にとって必然の行為であり、ごく自然にたやすくできること。また困難をともなって深く傷つくことでもあるという、人と愛のいろんな関係について語っているとおもいます。

描写に音楽や文学の固有名詞をからめていて、それを知らない人にはわかりづらく感じるとおもいますが、そんな知識はまったく必要ないとおもいます。素直に日本語を感じとれば、この作品のよさを理解できるとおもいます。
ただ、そういった表現の多さが、この作品の価値を理解することを妨げているとおもいます。
また冗談めかした表現も多く、それがこの小説を読みやすくしているとおもいますが、伝えたいことをボカしてしまっているとおもいます。




80年代自伝小説

この作品が書き下ろされたのは1987年。物語は、名作であればあるほど、どんなに年月を経ても長く読みつがれていくものだと思う。同時に物語は、その作品が生まれた時代の空気を常に運んでいるものだと思う。その意味でも、この小説は80年代の様相を強く身にまとっている。軽い。甘い。流れている。作者はあえてこの空気を書きたかったのかと思うほど、深みがないように感じる。
当時、ここまで如実に「僕」という男が直面している問題の重さをすりぬけ、人間のあいまいさ・性行動の辟易さを描写した作品はあまりなかったのではないだろうか。それだけに、この主人公と同じ年代の若者の気持ちをつかんだ・・結果、ベストセラーとなったのではないかと今になって振り返る。
あの時代を過ぎ、現在改めて読んでも、やはり人物個々が抱える状況の深刻さと裏腹に、物語の深淵が見えないように感じた。
ハルキ小説・・・・非常に読みにくい(共感度の低い)作品のひとつです。


「僕」がよく分からない

確かに、登場人物や情景の描写は上手い。レズの場面など大したものだ。それはそれで結構面白く、夢中で読ませる。しかし、どうも納得できないのは、主人公の青年が二人の女を並行に真面目に愛するということで、これは精神的に相当おかしいし、簡単に言えば無責任である。
「僕」を取り巻く登場人物については、それなりに詳しくよく分かるのだが、「僕」についてはその行動、特に女がらみの行動が殆ど理解できない。突然旅に出たり突発的な行動には出るのだが、説明不足で気持ちが分からない。最後の場面にもガッカリした。希望がないんだよね。
「こんなダメ男に入れ込んで一生を棒に振る馬鹿な女にはなりたくない」という、賢い女性の感想が聞こえてくるようだ。


ある思い出

村上春樹の作品、その中で真面目に最後まで読みきった唯一の作品です。
それも最初は自分一人で、二回目は患者さんと一緒に。

淡々とした文体で、内容よりも主人公の感情の起伏の乏しさや、周囲への関心の希薄さ、対人関係への関わりの優しげで狡猾な拒絶、そんなところが一読目の印象でした。
そのあたりが生々しい感情の発露を前面に押し出す作品と異なり、長年の統合失調症で言語の解体化、ほとんど「はい」と「いいえ」しか話せない病状、を生じつつある重症の患者さんにも侵襲性が乏しいかもしれないと思い、一緒に少しづつ読むことにしました。
心配された性的表現、今日の目で見ればとても控え目なそれも、にやりと笑ってすらすらと読んでくれたのです。徐々に病状が改善し、少しづつですが語彙が増えていきました。
しかし、ある日突然治療は中止となりました。

身体疾患の悪化でその患者さん、急死されたのです。
彼のために良かったことだったのかどうか、いまだにわかりません。安易に標準的治療から外れることは、慎むべきだと思いますが。
この作品や、賢治の銀河鉄道、なぜかこの患者さんに好まれました。
静けさや悲しさも、文体というフィルターペーパーで侵襲性、破壊性をろ過されているからかもしれません。
しかしそれは、欠点でもあるでしょう、過酷で凄惨な今日を生きる人間にとっては。


ボンボニエール 〜 思い出の玉手箱

 めくるめく長い月日を経て、自分の全身全霊をかけて愛し抜いた直子という女性の記憶の断片が、飛行機の中で流れていたビートルズの「ノルウェイの森」の曲と共にデ・ジャ・ヴとしてよみがえってくる・・・。

 時代は学生運動の全盛期。大学生活を送っている主人公の「僕」は、自殺していった姉や恋人の死に打ちのめされ、まるで三途の川をさまよう亡霊のように生きている直子へストイックな愛を捧げる。


 死という荒波に押し流されてしまいそうな彼女を苦しみの世界から連れ出して、二人で明るい生活を築いていきたいけれど、もがいてももがいても「僕」の心の中でずっと咲き続けている可憐ではかない直子という花の花びらが散っていくのを、どうすることもできずに遠くからじっと眺めているような焦燥感と絶望感。


 そこはまるでノルウェイの森のように深くて暗い闇の世界。


 そして最愛の人を失った哀しみを乗り越えて、新しいパートナーと愛を培って自分の居場所を見つけながら生き抜いていくというラストシーンは、ノルウェイの森という深い暗闇の中に差し込んだ一本の光の矢のように光り輝いていました。


 私はこの本を読んでいる時もこのレビューを書いている時も、ずっと涙がとまりませんでした。


 「人を愛するという事はどうしてこんなにも切なくて哀しいものなのでしょうね」



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ダンス・ダンス・ダンス〈上〉

村上 春樹 
ダンス・ダンス・ダンス〈上〉
定価:¥ 1,785
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「ノルウェイの森」と似て非なる作品

「ダンスダンスダンス」は「風の歌を聴け」から始まる、ぼく(主人公)が活躍する第4作品目です。(タイトルだけではシリーズ第何作目か分かりませんので始めて購入する方は注意が必要です。)

 著者はギリシャで同時期に「ノルウェイの森」を書いています。本作「ダンス・ダンス・ダンス」は「ノルウェイの森」と似て非なる作品のように思います。どちらも複数の人物が亡くなります。ただ主人公の年齢が15歳ほど違うためか、全く作風が異なるように感じました。

 個人的には、4作品の中で一番面白く読みました。


佐々木マキのイラストそのもの

この作品を絵で表すと、まさに佐々木マキさんのカバーだ。カラフルな背景で踊る輪郭だけの人間。もしくは人間のようなもの。実体のない感じがよく出ている。私にとってはこの作品は佐々木さんの絵なしに考えられない。作者が装丁に凝るということの意味がわかるような気がする。文字だけでなく本全体が読者に忘れられないイメージを与えることに成功している。

五反田君と阿部寛

思い切り暗く冷たい印象を抱かせる作品世界。"僕”はとてつもなく暗い荷物を抱えながら誰か(何か)を探し続けている。同級生の五反田君と娼婦キキの印象が脳裏に刻みこまれる。それに
ハワイで飲むピナコリャーダ 。初読のときから、クールで何を考えているかわからない五反田君が当時の阿部寛のイメージに重なった。「ドラゴン桜」 に出ているキャラとは違い当時の阿部寛は二枚目が過ぎて相当に陰鬱な印象であった。
偶然宿泊した横浜ニュー・グランド・ホテル の古くかつ印象的な佇まいが鮮明なこともあり、ダンス・ダンス・ダンスの世界をリアルに感じる。阿部寛(ドラマでよく見るけれど、五反田君って最近あの世から復活して頑張ってるんだ!)とピナコリャーダ(ハワイやテキサスあるいは日本のバーで)をみる度に小説の世界を鮮やかに思い出す。


個人がもてる巨大な配電盤

自分という「配電盤」を人を通して、つなぎ合わせていくこと。

生きていると、いつの間にか、
ちぎれてしまったり、
ぶったぎったり、
忘れたりするケーブルを、思い出し、ゆっくりとつなぎ合わせていくこと。

自分の過去の回収と、未来への続く音楽と、そして今の足運びを、
強く、自分のステップで進んでいこうとする、ダンス・ダンス・ダンス。

「さて、と僕は思った。もう一度ダンスのステップを取り戻すのだ」
(文庫本下巻 P282)

勇気を持ってダンスを踊れ!
主人公と世界はつながったか?


結末

 「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」の三部作。これらの続編として存在する本書。
 物語の流れとしては「羊をめぐる冒険」に似ているように思う。周りで起こる不思議な出来事に翻弄され、踊らされる「僕」。しかしこれまでと違う点は「僕」が自発的に行動する点だろう。流されながらも、自分のステップを踏み続け、最後に自分の求めていた結果を手に入れる。
 1970~80年代を描いた「村上ワールドの終わりを締めくくる本」と言えるのではないだろうか。



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ダンス・ダンス・ダンス〈下〉

村上 春樹 
ダンス・ダンス・ダンス〈下〉
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充実感のある本でした。

或る女をきっかけに物語が始まる。現実世界と別の世界(しかし現実世界に近い別世界である。)とを行き来しながら心理的冒険をする。私はこれを読んだ時、私も別世界を体験できたらどんなにいいだろうか!と羨む気持ちでいっぱいであった。夢とも違う、何故なら『ダンス・ダンス・ダンス』の中の別世界は現実と接点があるのだから。これは何の世界というのだろう。異次元か?
しかし、この別世界が中心になるわけではない。現実の中で生きるべくきっかけとして存在するのである。さて、私たちはこの世界をどう生きているか。まるで「雪かき」をするように日々過ごしてはいないだろうか。それを問うだけでも非常に有意義な時間を過ごせるかもしれない。面白い本であった。


何度でも読みたい一冊です。

活字が苦手で、ろくに本など読んだことのないまま大人になった私が、
一転、本の虫になれたのは村上春樹作品がきっかけでした。
そんな中でもこの作品は一生手放せない作品です。

最初から最後まで不思議な空気感にすっぽり包まれて、
読めば読むほどに高揚感があり、あっという間に読んでしまいました。
今後も何度でも読み返すとおもいます。


あまいかな・・・

たしかに世界の終わりとや、ネジマキ鳥に比べれば、足りないように感じます。とは言っても面白いに変わりありませんが・・・。
この物語にユキという13歳の美少女が登場してきます。この子が本当にこの物語を引き立たせています。この子が出てこなければ、味気ないものになっていたでしょう。

35歳の僕の大人の感性と13歳のユキのガラスのような感性が上手く相対させてあるように私は感じました。
他の人も言ってますが、それだけにユミヨシさんとの最後のシーンは物足りなさが目立ちました。


終盤に軋轢感…。

上下巻合わせて700ページ以上ある長いこの本をようやく読み終えました。終盤100ページに差し掛かろうとするところで、どのような結末が待っているんだろうか…と期待していたのですが…。

なんだか話を強引に終わらせているような雰囲気が感じられました。それまで主人公が警察に重い尋問を受けながらもかばった五反田君のあっけない死、上巻でその魅力がゆっくりと確実に描かれていた「ユミヨシさん」との再会、そしてセックスによる愛情表現における自分の居場所確保…。

特に最後のユミヨシさんとのセックスの繰り返しの節は、「主人公をこの世界に置きとどめておくものはセックスだけだ」のようなセックスファンタジーとでも言うべき終わらせ方で、「3部作+この話のこれまでの長い長い話は何だったの…?」と言うような印象を受けてしまいました。

この作品には更に続編がいるような気がします。この話で「風の歌を聴け」から始まる長いストーリーが終わったようには感じられないからです。

「羊をめぐる冒険」の続きです。

「風」「ピンボール」「羊」に続く4部作の完結編にあたりますが、なんだか「えっそれで終わり?」って言う最後でした。結論が消化しきれないのは私の読みの浅さなんでしょうか。個人的には5冊めを書いて欲しいですね。とは言え全編に現実と不可思議な世界が交錯する村上ワールドは飽きさせません。「羊」を読んだなら読むべきでしょう。また「ダンス」を読む前に「羊」を読むのをお勧めします。村上作品は、映画にするのは難しいですね。やはり読書でないと独特の世界にひたれませんよ。


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海辺のカフカ〈上〉

村上 春樹 
海辺のカフカ〈上〉
定価:¥ 1,680
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クチコミ情報

まったく面白くない

2冊読んで、自分の我慢強さを感じました。
読んでいて面白くないですし、読み終わってみて何がいいのかさっぱりわかりません。
作者は何を伝えたいのでしょう?
私には適当にダラダラ書いてるだけにおもえますが、違うでしょうか?

海外で高い評価というのは訳者がなにかしたのでは?と疑ってしまいます。
日本語のオリジナルによい評価をつけている書評も読みましたが、私には理解できません。


読む気持ちがどんどん加速していきます

話題の1Q84の作者。
今まで読んだ事が無くて、ではと手に取った作品。
内容も知らず、そのタイトルからのイメージでとても叙情的な作品と思っていました。
風景や登場人物の気持ちが細かな描写で書かれています。
何か分からないままに別の物語も同時に進行していきます。
過去と現在。全く別の物語が絡み合うところは、まるでミステリーか推理物なのですが・・。

田村カフカ。15歳の少年はもっとも強いタフな15歳になろうと家出を決行します。
また過去の事件と、中野区のネコと会話するナカタさん。
それらが少しずつシンクロして行きます。
最初は訳が分からず戸惑います。
事件が起きたあたりから、私の読む気持ちがどんどん加速していきます。
なかなかこういう本には出会えないでしょう。

すべては謎に包まれていますが、じっくりと味わいながら読むべき小説です。
村上春樹を知らずにいたことを少し後悔した次第です。
ワインのようにその独特の世界に浸りながら、ゆっくりと焦らずに味わって下さい。


人間の生き方をメタファーして構成された本。

 思春期の生き方について悩んでいる人には理解できる内容であるが、生きることについてあまり悩みのない人に読ませても理解できないだろう。世の中に対して背を向けている人におすすめの一冊です。

難解で、それでいてシンプルで...

多くの村上作品がそうであるように、
「海辺のカフカ」も難解であり、それでいてシンプルに、
作者の多分野における洞察が表現されているように感じた。
時には軽快に、時にはヘビーに読者に真意を問いかける感覚が楽しめる。

この作品は一つの物語と、もう一つの物語が別々に進み、
最終的に両方の物語が一つになるという不思議な構成で書かれている。
世界で最もタフな15歳を自称する主人公が、
東京中野区から四国の香川県高松市まで家出し、
そこで暮らす過程で巻き起こるさまざまな事件や登場人物の感性を通して、
自我、死、戦争、暴力、愛、運命、そして何よりも
「我々人間は誰しも損なわれるべきではない」という強いメッセージを
読み手に訴えかけている気がした。

作品中、折に触れて「言葉にならない想い」について言及されるが、
「言葉にならない想い」を理解できる世の中であれば、
我々が損なわれる機会も減り、きっと住みやすい世の中になるのではないかと、
作品を読み終えた時に鮮やかに思えたことが、
やけに不思議な感覚を私の中に残すことになった。


各パーツを独立した短編として読んでみたい

部分的に面白いと思わせるところは散見されましたが、全体としては私にはさっぱり理解不能であり読後には陰鬱とした嫌な後味が残る作品でした。

推測ですが、この作品は全く別個独立したいくつかの書きかけの短編を無理やりひとつの物語として繋げられるかどうかに挑戦し、そして失敗したものなのではないでしょうか。かつての長編作品では、その手法がある程度成功していたということなのかもしれないとをふと思いました。



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海辺のカフカ〈下〉

村上 春樹 
海辺のカフカ〈下〉
定価:¥ 1,680
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商品の紹介
15歳の誕生日に家を出た少年は、高松で「長いあいだ探し求めていた場所」と感じる私立図書館にたどり着く。館長の佐伯さんと手伝いの大島さんが運営するその図書館に、毎日のように通う少年。しかし8日目の夜、突然意識を失った少年は、神社の境内で血まみれになって倒れていることに気づく。一方、東京中野区で猫探しを仕事とする老人ナカタさんは、ある日、縦長の帽子をかぶり、長靴をはいた奇妙な男と出会う。第2次大戦中に起こった不可解な事件、「カラスと呼ばれる少年」、1枚の絵画と歌、殺人、少女の幽霊…。多元的で重層的に構築されていく物語たちはミステリアスに絡み合いながら、やがて高松へと収斂(しゅうれん)する。

かつて『アンダーグラウンド』でオウム真理教の破壊的な物語と対峙した村上春樹は、それに拮抗(きっこう)するだけの力をもつ物語の再興を自らの命題とした。その命題へのチャレンジといえるのが本書である。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の内的世界と、『ねじまき鳥クロニクル』で追求した歴史と個の関係は、より深化し、子どもの夢と大人たちのつくりあげた現実の狭間にある迷宮のなかで、さ迷い、成長していくひとりの「少年」へと結実した。そして、ギリシャ悲劇における親子のあり様や、『源氏物語』に登場する生霊などの文学的モチーフが巧みに取り入れられたストーリーは、強力な吸引力をもって読者を離さない。

読み手は、ただ作品がもつ物語の力に身を任せていれば、多彩で奇妙なキャラクターたちや、息をもつかせぬ展開が、充実した読書体験を約束してくれる。そして読後、不思議な感動を味わい、涙を流すことになるだろう。多くの悲しい運命を背負った人たち、たくさんの「死の予感」が涙を誘うのではない。この物語のなかで、子どもから大人へと成長するにしたがい失ってきたものを発見するのだ。そうした自分にとって親密な記憶が、涙とともにとめどなくあふれてくる。(中島正敏)


クチコミ情報

まぁ、確かに、

上・下とも読ませられた。眠気も感じずに。その点だけでもやはり凄い作家だ。
しかし期待感は最後裏切られた気がしたし、状況を鑑みて「まっそうなるか…」
というようにマザコンだし、(病的に)随所に「わざとか」というような説明不足。
結果、凄いのか?この作品はそんなに評価が高いのか?
正直「なんじゃそりゃ」ってところはあるぞ。
でもだ、そうは言っても読んだのだ、最後まで期待を持って。
(読ませられた感はある)
愛すべき、「ナカタさん」
に会う価値は十分にあるし、心が暖かくもなった。
「カフカ」の求めているタフネスも多少理解できるが、
それよりも「老人臭さ」が漂う。
交わってほしい話の筋が交わらない。
そんな本。


完結?

難解な上巻同様、むしろそれ以上難解ですが
話は確実に進んでいきますし、終わりに向かう感じはわかりました。
これも一気に読んでしまうほどの面白さ。
衝撃を受ける場面もあり、やはりとまらないなぁ〜と。

登場人物は皆、自分の使命をわかっていて、それを口にしてくれないので…
読んでいるこちらとしては想像しかないのです。
にしても、ある程度のヒントは欲しかった笑
どうも漠然としすぎて、何が言いたかったのか見当がつかない!!

何はともあれ、「終わり」です。


カフカ少年が前向きに大人になろうとする物語

 家出をし高松で生活をするカフカ少年は私立図書館で佐伯さんと大島さんに出会う。そこで自らが抱えている家族の問題解決の糸口を探る。
 また、もう一方で進行する不思議な老人タナカさんは、星野さんと出会い、西へと向かう。
 
 同時進行する2つの異なる物語が交わり、それぞれの霧がかった問題を出口へと導く。カフカ少年が前向きに大人になろうとする物語だ。


おもしろかったです。

2人の若者が「結論がないのはとても自然に思えた」という前置きのあと、単に特殊な経験をし、単に元の生活に戻る。
いいですね。
人生っぽいですね(笑)
表現も間合いも、とても楽しいものでした。
内気で探求型の青年が、自立心を獲得する場面や(カフカ)、色々やるけど深堀はできない青年が、知識を得ることの楽しさを知る場面(ホシノさん)に、ソフトでしっかりとした人間描写があり、ひきこまれました。
その他、全体的によく考えられていて、面白かったです。
嫌いだった電車通勤の時間が、楽しみな時間になるほどでした(笑)



RPGの中にいるかのような世界観

 自分に選択肢は与えられてはいませんが、どこかRPGのような雰囲気を感じる作品だなと感じました。村上氏らしい教養の高く、気品すらただよう文体は、いつの間にか読者をその世界に誘いこみ、あたかも自分の内面に入り込んでゆくような錯覚さえ覚えました。特にこの『海辺のカフカ』が扱っているテーマが主人公の「内省的な成長」というようなものであったので、主人公と同年齢程度の若者には多くの共感を生むのではないでしょうか。

 本作品を読み終えて―というか、村上氏の他の作品を通じても―感じたのは、その時々で読者個人が必要としているものを与えてくれるという印象です。主人公をながめながら、様々な伏線を想像しながら呼んでゆくことで、主人公同様、内省的な気持ちにさせられます。
 カラスと呼ばれた少年は、あるいは「ゲド戦記」に登場する影のような、自分のもう一つの側面を表しており、作中に登場する森は、葛藤を抱える人間の胸中を象徴しているようでありました。

 間違いなく、本作は「象徴」、「メタファー(隠喩)」という一筋のテーマをもって編まれたもので、だからこそ、人それぞれ感じ方が違い、必要なものを与えてくれているような、自分個人に文体が話し掛けてくれているような錯覚を覚えるのではないでしょうか。象徴や、メタファーの感じ方は人それぞれなのだから。

 主人公の少年はテグジュペリが砂漠に飛ぶ孤独なパイロットを「象徴」として描きたかったことであり、人間そのものなのではないかと感じました。
 
 大変面白い、深みのある作品でした。



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風の歌を聴け

村上 春樹 
風の歌を聴け
定価:¥ 1,260
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完璧にうんざりする文章

村上春樹は、この処女作で100パーセントうんざりさせる文章を存在させた。結局のところ、登場人物は語り手である主人公をはじめ、みんなおもしろいぐらいにうんざりしている。まるで牧場にある木のベンチのように。何にうんざりしてるって?自分以外のすべてのものにだよ。それでビールを飲んで、煙草を吸って、セックスをして、車を乗り回してるんだ。わかるだろ?それに、『アメリカン・グラフィティ』をはっきりパクっているところがなんともいえず良い。それだけだ。村上春樹とは、そ・う・い・う・ものだ。

半分しか語れない本音で語った物語

言わずと知れた村上春樹のデビュー作

「淡々と脱力感」

村上春樹が書く小説を読んで
一番最初に去来した
私の中のイメージで

それは何十という作品を読んで来ても
変り続けることが無い。

さて
本作の主人公ももちろん
脱力感に満ちあふれている
彼は21歳の若さに関わらず
何かを悟っているかのような
人を馬鹿にしたような
そんな空気をまとっている。

友人鼠も
それに負けない淡白な人間像で

そんな二人が会話すると
とたんに
粋なアメリカ映画のワンシーンになってしまう。

稚拙な表現をすればクール。
時代が40年過ぎようと
いや
逆に過ぎれば過ぎるほど
この作品の世界観は
美しさを増していくのかもしれない。


村上春樹の技術について


 デビュー作ということもあり、文章はまだまだ下手っぴな部分も多いが、この直後にやってくる80年代
的Coolness&Popnessの先駆的意匠というアプローチから読めば、実はかなり前衛的な純文学だったと言え
るかもしれない。内容自体はどうでも言いっちゃどうでも良く、読んでいて小っ恥かしくなる──二十歳そ
こらでそんなこと言う奴いるかよ的な──場面も多く、個人的には好きな作品とは言えないまでも、結局、
村上春樹の村上春樹たる最も偉大で稀有な資質とは、テキストを上滑りながら読んでも読者を作品の本質と
いうか内奥にまで接近させる技術にあるのだと思った。
 他の純文学作家の場合、大前提として読者は、そのテキストと極めて近い距離から半ば文学的格闘を通じ
てその作品を読む必然に駆られる。つまり、適当に上滑りつつ読みなぞっていても作品世界の内奥に没頭す
ることができないのが他の純文学ほとんど全てに通じる最低条件だったりするのだが、村上春樹には、特に
深い入りすることもなく表面を適当になぞっているだけでも作品の深い部分にまで読者を引きずり込む魔力
がある。その魔力自体は必ずしも芸術的価値のある構造的特質というわけではないものの、それでも、興味
のない読者までをも作品のボトムスに引きずり込む作力だけは評価していい。(アンチにまで何かを奮い立
たせる作家はそう多くないだろう。)
 とはいえ、作品の内容をあれこれ議論する程度の世界観でもないだろうというのが率直な感想。つうか、
ほとんど内容とか細部を、もうほとんど忘れてる。謎めいた女の登場人物がややショッキングな打ち明け話
をするという必殺技はカポーティーの『草の竪琴』からの飛び切りのインスパイアだったのか、その後の彼
の作品でも必ず登場するお決まりのプロット(筋運び)である。そう考えると、登場人物にほとんど真相を
語らせることなく作品に衝撃の結末を用意してしまうレイモンド・カーヴァーに、彼が自分とは正反対の
ハードボイルド観を見出して大きな衝撃を受けたであろうことも素直に納得できる。
 ちなみに、「完璧な文章」は必ず存在します。ただ、我々がそれを遂に見る事がないというだけのことで
す。完璧を目指して絶望するのと、完璧の不在を拠り所に最初からに絶望を回避するのとは、全く意味が違
うばかりでなく、いちいちそんな言葉を有り難がっていること自体が一つの大いなる絶望を招くということ
に早く気づいた方が、方向感覚を剥奪された真っ暗闇の海上から微かな岸辺の灯を見つける日もそう遠くは
ないってもんだろう。



巧みに作り込まれた作品

私は本を読む時、どうしても、はっとするような思想に出会いたい、
と思ってしまう。
そういうスタンスの読者にとっては、気分の良くない作品だ。
結局、主人公の僕、の物憂さの原因の一つは、きっと、
恋人が自殺したこととか、なのだろうとわかる。
その事を書く時、読者を引き込もうとする為に、ぽそっ、と書き、また、さっ、と
場面転換し、忘れた頃に、また、ぱっ、と出す。
自殺とか、そういう重い話を、そうやって、物語を引っ張るための、
小道具にしている感じがして、嫌なのだ。
ああ、そうか、「僕」はその事件がネックになっているのだな、
という共感は持てるかもしれない。
しかし、人間関係そのもの、とか、死、そのものについて、
何かを語っている小説を読みたい、と願うものにとっては、
本当に、空疎な作品に思えてしまう。
もっとも、作者は、青春期の、そういう死とか人生に対して、
受け身にならざるを得ない若者の姿を書きたかったのかもしれない。
そういう点が、若い読者をひきつけるだろう。
「嘘」ということも、この作品の重要なモチーフである。
何だか、この作品自体が、巧妙な嘘に満ちているような気もする。
ハートフィールドのこともそうだし、ラジオ投稿の難病少女の手紙も、
作者は、読者を騙して笑っていたりして・・・。
トリッキーな作品ではある。


重くも軽くも

登場人物たちは重いものを感じさせるが、文章は軽いものを感じさせるものだった。きっとそのギャップが、この作品から漂う曖昧な空気に満ちた空間をつくっているのだろうと思った。湿っているような、でも乾燥した流れに乗っているような。友達に一読すべきと言われて読んで良かったと思う。その雰囲気にふっと引き込まれてしまった。捉えどころがないけれど、著者はしっかりと物事の本質を見極めていると感じた作品だった。


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ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編

村上 春樹 
ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編
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なんてったって村上春樹さんです。

 ぼくが村上春樹さんにのめり込む原因となった、問題作。傑作です。ながいけれど、長くない。文章もどこかゆとりを感じて、固くなく読みやすいです。でも、内容がというか質が多岐に枝分かれするようななんとも表現しにくいそこが、素敵で尋常でない村上ワールド。新しいんだか古いんだか甘いんだか辛いんだかとにかく、味でいったらぜ−んぶはいってますぜ。へへっへ、旦那。てな具合でしょうか。

ブックオフとかに春樹氏の本は、あまりない。もう一人の村上氏は、山のようにあるのに。
そう、僕みたいにみんな自分の書庫に好きな人は、必ず取っておいて、春の雨の夜なんかにふと読み返したりする、そういう大切なあまり多くいない、作家さんです。

多分、そう目に見えないところに凄いパワーが、この作家さんの本には宿ってるんだと思います。


最高です

かなりの長編にもかかわらず、一気に読まずにはいられない面白さがあります。

村上春樹の独特の世界観といいますか、
とにかく常人にはおよそ想像のつかない
物語や出来事が繰り広げられるのです。

読み終えても不可解な部分は多いのですが
謎解きを考えるのではなく
流れるような言葉で繋がれた物語を
ただただ追うことに楽しさがあります。


装丁のいい本だったのに・・・クロニクル、お前もか!

あああ・・またやられました。村上春樹の単行本「ねじまき鳥」の画像がない!何故なんだ!どうしてか?わからない。この本結構きれいな装丁の豪華本だったんですよね。プラスチック様のカヴァー付きでバリ島の「ペリ・ルキアン美術館」の何とか言うタイトルの難しい絵画を使った、不思議な鳥と森に生い茂る木々や花々?を妖しく描いた大変に凝ったデザインだったんです。ちなみに同時出版された第二部はゴールドでこちらはグリーン。綺麗だったのに〜・・・

第一部は例の加納マルタ・クレタっていう姉妹が出て来る事もあり、この本のデザインは実に洒落ていました。後の「レキシントンの幽霊」とか「スプートニク」に比べると格段に存在感がありました。

まあ、こういうところにも作家本人の著作への入れ込みが窺い知れると思います。上に引いた中篇短編は作家にとって所詮装丁にある程度と思うと、下手な書評を読むよりずっと中身について作家がどう思っているかがわかります。


思っていたよりエグイ、思っていたよりアツイ、思っていたよりコイ

今まで読んだ中で一番長かった本はどれくらいの量だったかといえば
おそらく400ページ前後ではなかっただろうか。
しかしその僕が何の抵抗もなくこの1200ページにも及ぶ長編を読めた事に驚きを感じてしまう。
この作品で長編のおもしろさを初めて知った。
むしろ長編が大好きになった。
初めの数ページを読んだだけで「なんだこいつは?やばい!」

と思い一瞬にして村上ワールドへと誘われてしまっていた。
本当にこの人の文章はすっと心に溶け込んでいく。
読みやすく、それでいてリアルに情景が頭に浮かんでくるのだ。
これだけすばらしい文章を読んでいると今までどれだけ
自分のことを言葉で表現するのが下手だったのかが分かる。
そしてこの本に出会って今までよりは少し表現するのが

上手になったような感覚を覚える。
また自分の人生の目的とは何か?
人間の中に潜む暴力性、愛することのすばらしさ、
我々の世界の成り立ち等様々な示唆を与えてくれる。
暇ですることがなかったからたまたま読み始めた物語だったが
読み終えてこの人の作品に出会えて本当に良かったと思う。
これから他の作品にも目を通さずにはいられない。


次の展開が早く知りたくなる傑作

次の展開が早く知りたくて途中でやめるのがとても難しい本でした。満蒙国境で間宮中尉が遭遇した事件の描写は、モンゴル人に対して一生消えない偏見を持ってしまいそうでショックでした。読みやすさとテンポのよさを持ちながら、音楽やファッションや歴史についての該博な知識を背景に感じさせる文章はすごいと思いました。2部、3部の展開に期待してます。


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1973年のピンボール

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村上作品の中では、珍しくビジュアル

特に養鶏所の中に置かれた何十台ものピンボールマシン!
村上さんの本は、映像化することが難しいと思うのですが、この作品は双子の美人姉妹、ピンボールマシーン、ダムに投げられた配電盤、などなどシーンが映像化に耐えうる珍しい作品だと思います。


隠し味としてすらもなかなか検出できない裏マチズモ


 前作『風の歌を聴け』よりも遥かに小説っぽくなってる点が退屈。情景描写も頑張っているのだが、取っ
て付けた感は否めない。しかし、そこに村上春樹という人物のお行儀の良さや真面目さを垣間みることもで
き、やがて世界的人気作家になったことを思えば、極めて謙虚に前作の(評論家や先輩作家から指摘された
であろう)弱点を補うこの姿勢──というか、村上春樹自体の人間としての資質が──、本作の魅力を下げ
ても、後の作家としての価値を延ばす決め手にはなり得ていたのだろう。が、いかんせん退屈は退屈──こ
の退屈さや雰囲気を好む読者の感性を決して否定はしないがそれでも。
 それにしても、こんな“僕”がいつも運命的に女の子にモテちゃうというのも、かなり意表を突いた裏技
的マチズモと読めば、実はかなり男ワールド全開な汗臭い作品でもあるし、逆に言えば、隠し味としてすら
もなかなか検出できないこうした裏マチズモを、ふんわり優しく“僕”という人称設定と語り口で包んでし
まう春樹的手法に、少なくないアンチたちが嫌悪を示すのは自然な反応なのかもね(いつも僕ばっかモテて
ずるい的な嫉妬混じりの突っ込みも含めて)。しかしながら、電話工事に訪れた作業員と一瞬好戦的になる
“僕”のキャラクターに真のリアリティを感じたのは、苦し紛れの悪意ある深読みとは簡単には断罪できな
いだろう。この“僕”を全て“俺”に変換しても尚、最後まで同じ気分でこの物語を読み切ることは絶対に
できないはずだと思うからだ。


天才的な処女作に続く第二作目

 圧倒的に冴えた文章で綴られた処女作に続く村上春樹の二作目.三部作の中間ということもあり「風の歌を聴け」と「羊をめぐる冒険」に挟まれ,なんとなく印象が薄いような気もする本作だが,文章の切れは衰えてはいない.あの大ベストセラー「ノルウェイの森」のヒロインが登場したり「ねじまき鳥クロニクル」で大きな意味を持つ井戸についても言及していたりと後の傑作作品郡で輝く宝石たちがひっそりと包まれている.軽い気持ちでさらっと読めるので,ぜひとも多くの人に読んでもらいたい.

風の歌を聴け

 で芥川賞やらずに、これでもやらなかった文壇。やっとけばいいのに。
 風の‾から続く三部作の第二章。影に徹する鼠。関係が絶妙すぎる。
 しかし、今読んでも何がなんだかわかりません。記号的すぎる双子、ピンボールマシンを探す僕、徐々に自分を失い始める鼠。それを絶妙な文体で書いて、もう読んでいるだけで心地いいのは何故だろう。
 これは次の羊を巡る冒険、さらにダンス・ダンス・ダンスまでひっぱられている主題なので、次も是非。


いい作品

ピンボールがそんなに流行ったなんて知らんかった。この話を読んで、初めて知ったよ。このころから春樹は書き方変わっているね。


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羊をめぐる冒険

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羊雲と鰯雲、キザとサギ

村上春樹の3作目。第1章は、誰とでも寝る女の子がいて、語り手である主人公はその誰とでも寝る女の子と寝て、誰とでも寝る女の子はトラックに轢かれて死んだ。この章はまったく不必要。第2章は主人公が離婚するはめになる話。村上春樹には子供がいないらしいが、この章にもあとのいくつかの章にもその言い訳がましい言葉が何回か出てくる。この物語の登場人物には、村上春樹を除けば、誰にも名前がない。無名だ。誰も名前で呼ばないし誰も名前で呼ばれない。そういう世界だ。それがねらいだって?「百パーセントな耳」(!?)を持った女がでてくるあたりから、話はまったくでっちあげであることがまるわかりの内容になってくる。鯨のペニスの挿話もいらない。平凡、退屈、凡庸といった言葉を多用し、あいかわらずうんざりし、煙草を吸いまくる。あるいはビールをのむ。梅雨は初夏だと勘違いしている。前作までに比べると、苦労して花の名前だとか鳥の声を出しているが、季節感が凡俗なのでどれもちぐはぐ。風景描写は実に下手だ。「世界に対して文句があるなら子供なんて作るな。」だって。やれやれ、いいきなもんだ。第4章からは羊をめぐるインチキ話が延々と続きます。乞う御期待。(下巻に続く)

全集で読む、重厚さ

この作品を最初に読んだのは、文庫版ででした。
文庫版を何度も何度も読み返して、自分が年をとり、この小説に対する感じ方が年々変わっていくのがとても面白いです。

そんな中、今年は、文庫ではなく全集で読んでみました。本の重さや肌触りが変わり、手で持っているときのこの重厚さが、なんとなく読んでいる時の印象を大きく変えているような気がします。文庫や単行本で呼んでしまったという方も、ぜひぜひ全集でも読んでみてください。


行間に隠れた羊の秘密

独特な表現手法、村上春樹ならではの物語の展開方法が繰り広げられている一冊。
人によって様々な受けとめかたができるため、色々な読者の感想を聞いていくと、自分が今まで気付かなかった発見ができます。

一般的には、「羊をめぐる冒険」で主人公・僕の青春3部作完結と言われていますが、「ダンスダンスダンス」で実際に物語を終える主人公・僕。
「羊をめぐる冒険」という作品があってこその「ダンスダンスダンス」。対して、人生というものは「踊り続けなければ」、「羊男が現れない」と考えさせられてしまいました。

あっ晴れ♪


村上WORLD

 『風の歌を聴け』、『1973年のピンボール』に続く村上氏初期の長編ですが、その二つの作品に比べて、文章量が絶対的に長い点と、俗に言う「村上WORLD」的な世界観が発揮されている点において、私は本作を村上氏の原点―現に、この三作は三部作として考えられることが多い―と捉えるのが良いのはないかと思います。
 
 後期の他の作品と比較して、、舞台が都会から離れた場所であることもありますが、人物描写よりは、背景描写が多いような印象をうけました。村上氏の描く登場人物は、他のどの作品においても、気の利いた冗談を言い、洒落た音楽や飲食店を知っています。本作でもそういった主人公であることは間違いありませんが、ややそういった特徴が「薄い」感じは否めません。
 村上春樹という優れた文学作家でも、文章を書きながら文章力が磨かれていくのだと感じました。

 本作で登場する「ドルフィンホテル」や「羊男」は、他の作品でも登場します。他にも、作品に流れる思想など、その作品を越えたつながりが、村上氏が根強いファンを獲得している理由の一つであるのだと思います。
 『ノルウェイの森』で爆発的な人気を獲得する前の村上氏の作品を読めることは、ある意味でファンにとって幸せなことなのかもしれません。


感想

なぜ羊の写真を広告に主人公は使用したんでしょうか?そしてこの写真は鼠という親友が主人公宛に送付したものでした。ここで主人公はこの物語の根幹に関わるような重要な選択をしている筈です。主人公は心の奥底で実はこの写真からトラブルの匂いを嗅ぎ取っていた、しかしあえて広告に採用しました。なぜでしょうか?なぜ自らトラブルに巻き込まれるような選択をするんでしょうか?それはおそらく日常からの脱出です、そう退屈な僕たちの日常からの・・・。タイトルに冠せられてる冒険という言葉は日常の反対物です。つまり非日常です。この物語はひょっとしたらある種の人間たちはトラブルが待ち構えているような選択肢を、行為を無意識的に選択しているのではないか、そう教えてくれます。それはここでもないどこかを希求しているという、日常の枠外へと飛び出したいという読者の願望を満たす本。しかしこれがSF的な地球外という場所という特性、ことほどさように非日常から非日常ということになればこの本が好きな人はだめだと思うんです。やっぱりこの本が好きな人は、日常から非日常じゃなきゃまんぞくしない人たちなんじゃないかと思うんです。


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アフターダーク

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どこ行きのボートなのだろう

 中国行きのスロウ・ボートであれだけ異質な手触りを覚えていたかの国に対して、作者が大きなシンパシーを寄せている本作品に、膨大な時間の流れと進展を感じました。

 作品についていえば、このタイプの同時進行型の群像劇は、断片を積み重ねることで総体としての大きなドラマを描くのに適していますが、作者自身は巨大なドラマを描く気はなく、むしろ登場人物たちの個人的な絆の深淵を描きたかったようです。
 しかし第三者的視点で描かれているため、かつてねじまきにおいて我々が井戸の底で垣間見た、ヴィヴィッドな深淵にたどり着くことはできず、結局、表面的な傍観者の観察と考察で終わってしまった感が否めません。

 目的地も曖昧にしか定めず、飛び乗った電車は結局目的地には着かなかった。
 そんな印象を受ける一本でした。

 でもそのような空振りは日常よくあること。一個人の心の中で起こる事象としては、限りなくリアルです。
 村上春樹が徹夜で居座り観察して成果あろう、東京の深夜のファミレスの雰囲気を体感したい人にはお勧めです。


唯一読めなかった村上春樹作品

春樹さんの小説(翻訳でなく自作のほう)はほとんど全部読んできたけれど、本作品は唯一読了できなかった作品でした。
冒頭シーンは悪くないと思ったのですが、すべて現在形で書かれる部分で挫折してしまいました。
内容云々でなく、残念ながら「文体注射」が効かなかったみたい。
ごめんね、ハルキさん。
『海辺のカフカ』にも少々現在形の語りが出てきて、そこも少し違和感を感じた。
(カフカは好きでしたよ)
だからもともと私はそれが苦手なのでしょう。

実験的な文体である気がしました。
現在形が続く文体が気にならない人ならいいんじゃないかな?




村上春樹初体験

初めて村上春樹作品を読ませていただきましたが、とても面白かったです。
眠れずに夜中1時から読み始め、朝5時に読み終えましたが、物語の時間経過と
並行して読むことになったため、より印象深かったのかもしれません。
不可解な点もなく、自分の中ではしっくりとエンディングを迎えることが出来ました。
冒頭、前に一度だけ会ったことがある女の子にそんなにペラペラと喋るだろうかと
いう違和感が少しありましたが。。。
折角なら、ちょっと家に帰りたくないなぁと思った夜に渋谷のファミレスで一気に
読んで始発で帰るとかしたかったな。


ハードカバーの本を買わなくてよかった

皆さんのレビュー、どれを読んでも納得できます。
あえて言うとすれば、タイトル通りです…


進化村上春樹さん

比較的初期の作品
風の歌、ダンスダンスダンス、ノルウェイの森、ねじまき鳥
などの文体に慣れていたので

最初の一ページを読んだときに
あれっ?
って思いました。

僕の視点は一切出てこないのが一番の新鮮さでした。

不可解なほど「僕」の心理の深層に深く入る事は無くて
三人称が紡ぎ出す人間模様が
すっきりと描かれている印象を持ちました。

なおかつ一晩の出来事を一見ハッピーエンドの着地点まで描ききった作品で

今までの村上さんには無かったテイストがあります。

いろんな書評から判断するに
あえてこの様なテイストを目指しているとの事なので
ますます進化するであろう
今後の作品が楽しみです。

好みとしては
現時点で
「僕」視点の作品の方なので
☆は4つにしました。



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