人間の愛と良心と醜悪なエゴ(名誉・権力・出世欲、性欲、金欲、支配欲)を時にキリスト(教)に照らしながら描いた傑作
この第一巻で舞台はM大医学部から、徳島、イスラエル、台湾と本書の世界観と同様に広大なスケールで展開されます。各キャラクターが各々の役割を担う中で、読者に人間の良心とは愛とは何であるか、また人間が併せ持つ醜悪なエゴの問題を問いかけてきます。
主人公の医者であり身体が犬のように変形してしまう奇病モンモウ病に苦しみ抜く小山内桐人(きりひと=キリスト)が葛藤を抱えた良心の人。婚約者のいずみや徳島で知り合う「いづ」が愛の人。同僚の占部はエゴと良心で苦しむ読者を代表する存在であり、医長は権力・名誉欲に取り付かれた悪魔的な人間として登場しますが、真に優れた文学作品にも劣らない優れたアート(芸術)だと思います。
人間が故の愚かさ、もどかしさ…医学界編
本作はモンモウ病という架空の奇病を通じて人間の苦悩と希望を描いた傑作である。人間の苦悩と希望は後期の手塚治虫の大きなテーマであったに違いない。本作は「白い巨塔」の影響がうかがえる。白い巨塔で描かれる医学界は人間の愚かさの代表的なものだろう。主人公である小山内桐人(きりひと)はこういった人間の暗い部分に翻弄され、苦しみ続ける。
主人公だけではない、ここに登場する人物は多かれ少なかれ苦しんでいる。同僚の占部や奇術師の麗花だけではなく、竜ヶ浦教授ですら。桐人は希望をもたらす事ができるか?
大好きな一作
確か、高校生の時に初めて読んだ作品です。それから、大学に入り、専門教育(法学)を受け、しばし、サラリーマン生活をして、労働を通じて実社会を覗く経験をして、読み返してみると、この作家の凄みが分かります。数年の時を得て、読み返し、まったく別の角度から読める作品というのはあまり多くはないと思います。そういう本こそ「古典」という名前をもつにふさわしいのでしょう。
作者が、大阪大学医学部を卒業された医者、正統な専門教育の洗礼を受けたすぐれた自然科学者であるという面は、ストーリーにおけるリアリスティックな事実描写において現れ、その事実描写のなかで現れる登場人物を眺める視点において、何が正解で、何が間違っているのかがわからない領域に、なんらかのドグマや解答を設定しようとするセンスのある宗教家としての面が顔を出します。
日本のクリエーター一般において、日本社会について、自然科学者と宗教家の両面をもって作品を作れる人はあまりいなかったと思います。
読了後の感動は保証します!
ある年代の日本人にとって、手塚治虫から影響を受けなかったということはあり得ない。ビートルズと同じ時代に生きて「イエスタディ」を聴いたことがない、ということが不可能なように。私もまた手塚治虫には大きな影響を受けたし、感謝の意味を込めて(?)どうしても彼について何か書きたいと思った。それで私の選んだ手塚作品の一押しが、この「きりひと讃歌」。スケールは実に雄大。「火の鳥」のように時間を超えることはないが、空間的には地球上の様々な場所を舞台にし、登場人物も実に多彩。全編に手塚ヒューマニズムが溢れている。読了後の感動は保証します!私は手塚作品をすべて読んではいないし、もしかすると代表作とされるものの中にも見落としがあるかもしれない。だから手塚のいい読者とは言えないが、もしあなたがまだこれを読んだことがないなら、是非ともオススメしたい。手塚がどこかのインタビュー記事の中でこの作品に触れ、自身かなり高い評価を与えていたと記憶している。本人にとっても会心の作だったのだと知り、妙に嬉しかったことを覚えている