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砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書)

川北 稔 
砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書)
定価:¥ 819
新品最安価格:¥ 819
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歴史のダイナミズムを味わえる

歴史が嫌いになる大きな原因の1つが
1つひとつの出来事が連鎖して歴史を織りなしている、
ということが実感できないからであると思う

かくいう私もハズレの歴史教師にばかりあたり
歴史は年号を覚えることだという認識で大人になった
これでは面白いはずがない

しかしこの本は教科書で見かけた出来事が
見事な一幅の絵巻物のように織り込まれていて
なるほどなるほど、とするすると読めてしまう

ジュニア新書なので、文章も非常にやわらかく
読む者をこばまない丁寧な語り口で
歴史初心者には敷居が低くてよい

歴史の面白さを知る1冊


砂糖は世界を動かした

こういう本こそ、長く読み継がれてほしい。すばらしい歴史啓蒙書である。

砂糖が中世にイスラム世界からヨーロッパに伝わったときには、コショウなどと同様に宝石なみのぜいたく品だったらしい。しかし、その純白の魅力と、どんな食品よりも強烈な甘さのために、砂糖の需要の伸びはとどまることを知らず、大量生産の方法が開発され、やがて「世界商品」として流通することになる。本書は、その生産と流通の広がりにいかなる人々が関わっていたかを、わかりやすくも精密に解説していく。

大航海、プランテーション、植民地支配、奴隷売買といった近代ヨーロッパ史の重要事項は、このような魅力ある商品の開発と、それをめぐる人間の果てしなき欲望を横糸として、ダイナミックにつながっていた。そして、もちろんわれわれが現在享受している消費生活も、そのダイナミズムのさなかにある。したがって、資本主義の原点を知るという意味でも、本書は格好の入門書であろう。

このような近現代にまたがるマクロな視点からの解説の巧みさもさることながら、著者はイギリス史の専門家なだけに、紅茶に砂糖を入れて飲む習慣がロンドンのコーヒーハウス(コーヒーだけでなく外来のさまざまな嗜好品を提供していた)を中心として一般家庭にも広がっていった様子など、都市生活に的をしぼった描写も見事である。

あとがきによれば、本書のように歴史から個々の事象を取り出すのではなく、ひとつながりの流れとして捉える手法を「世界システム論」というそうだ。読者に新しい歴史像を見せてくれる点で、世界を民衆生活の様態から捉える「社会史」の手法にも通じている。非常に興味深いジャンルである。


砂糖を通して知る甘いだけではない世界の歴史

「現代の世界はひとつだとは、よくいわれることですが、その意味を正しく理解することはなかなかむずかしいことです。しかし、『世界商品』の生産から消費までをじっくりたどれば、それも十分に達成されるはずなのです」。

タイトル通り、砂糖を中心に世界の歴史をたどる。特に、ヨーロッパとそれ以外の地域との間の結びつきが、砂糖、プランテーションの発展、お茶など関係する様々な物資の交易との関係、文化や政治変化、産業革命と人々の食生活の変化といった様々なポイントとともに包括的に理解できるように書かれている。

適時、白黒写真や、グラフや、地図も入っていて、理解を助けてくれる。高校生向けに書かれていて読みやすい。教科書とはちょっと違う角度から世界史を眺めることができる。もちろん、大人用としてもそれなりに面白く読める。

砂糖は元々高級品だったとか、薬として使われていたとか、紅茶に砂糖を入れることになった経緯も紹介されている。ローマ教皇庁の枢機卿が「チョコレートは液体だから、それを飲んでも断食に違反したことにはならない」という回答を考えたという、ちょっと笑ってしまうエピソードも載っている。砂糖の原料としては長年さとうきびが利用されていだったが、南方に拠点を持たない国々がヨーロッパでも栽培可能なビートも原料にできるように研究開発したという話は興味深かった。もちろん、日本と砂糖のかかわりについても書かれている。

主に西洋史を扱っている以上、主要な人物名や用語については、付録でいいから英語索引もつければよかったと思う。


基礎知識不要でスラスラ読める。

 友人の世界史教師が薦め、雑誌『諸君!』の推薦図書にも挙げられていたので、暇な時に少しずつ読んでいった。高校生あたりを読者に想定したらしい、「ですます調」の文章は基礎知識を全く必要とせず、寝転びながらでもスラスラ読める分り易さ!

 でもって、「へえ〜」と思わせるような歴史上のトリビアが頻出。ただ本書を読んだからといって急に世界史の成績が伸びる事は無いと思う。扱っている事項は世界史のごく狭い範囲です。ただ本書をキッカケに世界史上の出来事の有機的繋がりを意識するようになるのが効用でしょう。

 図版の多い点も高ポイント!


難しい話をわかりやすくという困難な課題に挑戦

砂糖を通じて近代史の一側面を語る好著である。
「あとがき」にもあるとおり世界システム論と歴史人類学の手法をもって記されているが、難しい専門用語はほとんど出てこない。平易な言葉で、文字通り高校生にもわかるように記されている。大航海時代、植民地、プランテーション、奴隷制度、三角貿易、産業革命といった高校世界史の教科書や参考書には必ず出てくる重要用語を使い、高校世界史と学問としての世界史の接点を作ろうとする試みに好感が持てた。

本来、「砂糖あるところに奴隷あり」というように生産に集約的な労働を必要とする砂糖はプランテーションや奴隷制度といった近代ヨーロッパの植民地支配の手法と非常に相性がよかったということも新たな発見であったが、イギリスやフランスの植民地支配の主要な手段となっていたことはある種の驚きでもあった。本書に紹介されているような砂糖プランターの膨大な富というものは初めて知ったことである。

また、砂糖が紅茶やコーヒー、チョコレートといった他の世界商品と結びついてヨーロッパ世界に定着していく過程も興味深かった。新世界からの新しい、そして高価な商品の組み合わせは当時の世界では光り輝くような魅力を持ったものと想像できる。大量に輸入した紅茶と組み合わせることによって大量に砂糖を消費するようになったイギリスと植民地で大量に砂糖を生産するも自国であまり消費せずに輸出するフランスといった各国ごとの砂糖の受容が異なることも面白い。

まさに砂糖は近代世界システムの寵児であったといえるだろう。そして近代の終焉とともにその地位を下げたことも印象的である。



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砂糖の文化誌―日本人と砂糖

平野 雅章 吉田 菊次郎 角山 栄 村山 なおこ 落合 敏 松田 早苗 足立 香代子 伊藤 汎 
砂糖の文化誌―日本人と砂糖
定価:¥ 2,730
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砂糖のイスラーム生活史

佐藤 次高 
砂糖のイスラーム生活史
定価:¥ 3,360
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サンスクリット語に語源をもつ シュガーという言葉

 イスラム関係の本を今年は読もうと思っていることで手にする機会を得た。

 まず シュガーという言葉が 古くはサンスクリット語の「サルカラー」に起源を持ち それがペルシャ語の「シャカル」となり アラブ語では「スッカル」となり 最後に英語でシュガーになったという話に感銘を受けた。僕は 常々 「語源」には興味を持つようにしているが 「シュガー」という言葉の成り立ち一つを見るだけで 昔の交易風景が目の前に立ちあがる思いがする。

 次に表題である「イスラムの生活史」の中での砂糖の位置付けという点について。
まさに本書の力点は そこに注がれているわけだが 残念ながら僕として まだまだイスラムの歴史に疎く 読んでいて 有機的に理解を構成出来ない点がもどかしかった。また 幾分専門性が強く 素人には難しい面もあったが これは そもそも素人の僕が 本書に挑戦すること自体がドンキホーテなのだろう。
 それでも 本書で描かれる 砂糖のイスラムの歴史の断片は 面白かった。砂糖という一種の「嗜好品」が 「嗜好品であるがゆえ」に 色々な形で消費され 時には権力の象徴にもなってきた点は勉強になる。考えてみると 香辛料を巡って はるばる欧州から東南アジアまで出かけてくるのが人間であることを考えると それも納得できるのかもしれない。



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茶の世界史―緑茶の文化と紅茶の社会 (中公新書 (596))

角山 栄 
茶の世界史―緑茶の文化と紅茶の社会 (中公新書 (596))
定価:¥ 735
新品最安価格:¥ 735
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“茶”とは何か

私たちは何のために茶を飲むのか。
喉を潤すため?
味・香りを楽しむため?

16世紀のヨーロッパでは、薬として広まった。
その背景には、中国や日本の精神・文化への憧れもあったという。

茶は万能薬で、何にでも効果があると考えられていた。
また、反対に飲むと調子が悪くなるという人もいたという。

しかし、値段も高く、庶民には広まらなかった。
イギリスは、インドでの茶の栽培に成功し、安価な大量生産が可能になった。
当時の人にとって、茶を飲むことは富の象徴でもあった。
他にも、なぜ、日本茶は世界に広まらなかったのか、紅茶に砂糖や牛乳を入れる訳などが書かれている。


世界史のダイナミズム

本書を最初に手に取ったのは高校生のときです。
世界史の教師が推薦した一冊でした。
それからずいぶん経ちますが、
今でもたまに手に取ります。
資本主義の発展と近代社会の成立、地域文化の伝播など、
複眼的な視点から、
一つのストーリーとして語りきる本書は、
高校生に世界史のダイナミズムを感じさせてれました。

さて21世紀を迎えた現在本書を再読すると、
経済のグローバリズムが世界を席巻している今日の経済的闘争は、
既に17世紀に萌芽していたのだと改めて感じられた。
新書の名作です。


日本の「茶道」が世界を変えたのか?

ヨーロッパ人が東アジアに到来したのは、無論中国の富を狙ったからである。だが著者はヨーロッパ人に強烈なインパクトを与えたのは、マルコ・ポーロが紹介した黄金の国ジパングで行われていた「茶の湯」であるという。西欧人にはガラクタや生活用品にしか映らない湯沸かし釜、茶碗を日本人がことのほか珍重し、千利休が大成した茶道の作法が一種の宗教的儀式のように見えたとイエズス会の宣教師が報告しているそうである。そして茶は当時は先進地域であった東洋文化の畏敬すべき象徴として捉えられた。英国は鎖国してしまった日本に代わり中国との貿易を強く望み、一方でインドでアッサム種を発見し、茶の自前栽培を実現させた。ヨーロッパ人でも特に茶を愛好する島国の人々をして「大英帝国」成立の道を歩ませたのは、実は茶への憧憬だったのかもしれない。また日本の開国後、中国茶、インド茶が世界中を席巻して、日本茶が全く貿易品として評価されなくなっていたのは皮肉である。

茶から見た近代

本書は二部から成ります。第一部は英国での紅茶の普及を欧州人の茶との出会い(16世紀中頃)から、物質的奢侈(砂糖とミルク)として特徴づけられる紅茶文化の成立、そして英国が茶葉をインド植民地で自給するまでを描いています。第二部は日本茶の世界市場への進出と、その挫折を扱っています(開国から第一次世界大戦まで)。

日本もまた一次産品の輸出に甘んじていた時代があったことを確認させてくれる第二部も資料的価値が高いのですが、とくに読み応えがあったのは第一部です。

茶葉も砂糖も生産できない英国で紅茶文化が花開いたのはなぜか。茶葉の供給地だった中国の半植民地化、カリブ海の砂糖植民地でのプランテーション労働など、筆者は「近世ヨーロッパの資本主義の形成とそのグローバルな展開」に紅茶が密接に関わっていたことを、統計資料を示しながら丁寧に論じています。

新書という形式も加味すれば費用対効果がたいへん高い一冊です。

茶という窓からのぞく鮮明な世界史の姿

最近はこのような生活史・社会史からの著書というのはわりと珍しくもないのだが、1980年初版となるとなかなか先見の明のある著述である。

茶と言えば緑茶であろうと紅茶であろうと身近な存在である。
また欧米で茶と言えば紅茶というイメージである。

しかし欧米でも最初から茶は紅茶というわけではなかったこと、欧米諸国が最初に茶に触れたのは中国からでなく日本からであったことなど茶の歴史は新しい発見に満ちている。
また、第二部の世界市場における商品作物としての茶についての記述、日本と茶の世界市場の記述も新鮮な知的好奇心に満ちたものである。

大航海時代以降、各地で比較的孤立していた文明同士の交流が深まり、世界システムが形成されていったというのは定説となっているが、茶という身近な窓から日本を始めとするアジアと欧米の交流の実態と深まりを記述したこの書は歴史(特に近代史)に興味を持つ人々にとって必読の書といえるだろう。


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インディアスの破壊についての簡潔な報告 (岩波文庫)

ラス・カサス 染田 秀藤 
インディアスの破壊についての簡潔な報告 (岩波文庫)
定価:¥ 588
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恐ろしき蛮行の数々。

コロンブスによる新世界の発見は富を求めるスペイン人征服者たちによる暴力的な侵略へとつながった。本書は、キリスト教の司教であるラス・カサスが、現地におけるスペイン人のインディオに対する蛮行の数々を糾弾するためにスペイン国王に提出した報告書である。当時の中南米におけるスペイン人による侵略の残忍さはよく知られたものではあるが、それでも本書の内容には戦慄を禁じ得ない。人はなぜ「他者」に対してここまで残忍になれるのだろうか。ナチスのホロコーストにも比肩しうるような恐ろしい暴力が本書に満ちている。読んでいて気が滅入るばかりだがこれは事実なのである。

ラス・カサスがインディオに対するヒューマニティを見せる一方でアフリカの黒人を代わりに奴隷とすることを提唱していたことは有名だし、また彼はスペイン国王による中南米の統治そのものは否定していなかったことは本書からも読み取れる。その点彼の思想には確かに限界がある。だが犠牲となった者たちは自らの言葉によってその経験を語ることができなかった。それほどまでにスペイン人によるインディアスの文明の破壊は徹底したものとなった。ラス・カサスによるこの報告がなかったならばインディオ達の経験は歴史の片隅にも残らなかったであろう。歴史は権力者が作るのだ。そう考えると様々な思想的限界を孕みつつもやはりラス・カサスの業績は比類ないものなのだろうと感じる。

訳者の解説がまた勉強になる。本書はその後国際政治の中でオランダやイギリスなど、スペインに敵対する国々によって翻訳、引用され対スペイン戦争の大義名分となってきたという。結果スペイン領を継承する形で列強は植民地帝国を築き上げていったのである。本書がどのように解釈され、利用されていったのか。そのプロセスにも人はなぜ「異質な他者」と認識する相手を自分と対等な存在として認識できないのかという問題が孕まれているような気がしてならない。


この本が無ければインディアス達の惨劇は歴史から消えていただろう

作者の時代にこんなヒューマニティーを持つ人物がいたのがめずらしい
人道とか人権と言う概念そのものが希薄だった時代に、この報告書を書こうとしたことがすごいと言える
『アポカリプト』にも出ていたけど、キリスト教布教を盾にした虐殺と破壊の歴史を赤裸々に書いてある。
だからドラマ的な面白さは無いが、当時の雰囲気を感じるには最適
この虐殺の様子が南米大陸だけではなく世界中でも行われたのは言うまでも無い。
欧米人たちの差別意識(インディアスは人間ではない)には恐怖を感じる
十字架を掲げ虐殺と破壊を繰り返した欧米人達をインディアスは「神」ではなく「悪魔」と感じただろう
作者に敬意を表して星5つ


南北問題と近代国家の成り立ち

ラス・カサスの視点を問題とせず、この書が現在に残ったことを評価します。歴史上は知っていましたが、読んで衝撃でした。この問題が現在も進行していることを私たちは認識しなくてはなりません。歴史を書いた白人と歴史を評価されない人々。資源を略奪するヨーロッパ人と自然と共存する人々。国家とは何か、文明とは何か、自衛する力を持たない民族はどうなるかがよく分かります。自称宗教と文明、そして武力を持った者が正義の名の下に増殖するのですね。この分野では現代企画室が価値ある出版をしていました。大航海時代以降の侵略史の古典として、多くの研究者に引用される資料です。

ネイティブアメリカンの虐殺、真実をどれだけ知っていますか?

 コロンブスがアメリカ大陸を再発見した後に、スペイン人たちによるネイティブアメリカンの大量虐殺を行った事実は有名である。
 本書は、その行いをスペイン人の立場から、事実をありのままにまとめたものとして、極めて貴重な歴史的資料である。
 著者は、キリスト教宣教師として50年以上もキューバでの布教活動を行ったラスカサス。彼がその目で見た、ネイティブアメリカンに対する虐殺行為を広く世に訴える形の報告書となっている。
 1400〜1600年当時の中世ヨーロッパでは、公開処刑や拷問がごく当たり前のように行われていた時代である。現代人からすれば戦慄を覚えるような行為も、ある程度寛容される傾向があった時代であった。
 しかしながら本書に書かれた記述は、そういった当時の風潮を鑑みても常軌を逸した狂気的な虐殺といわねばならない。
 鉄球に縛り付けた上で、下からとろ火で何日もあぶり続ける、赤ん坊の足を持って岩に頭を叩きつける、誰が一刀で体を二つに切断できるか賭けをする・・・。その結果1500万人以上のネイティブアメリカンが殺された。
 こうした行為が、何一つ正当な理由なく行われたというラスカサス自身の言葉は、非常に衝撃的である。
 人が異なる文化に出会ったときに受ける一種の違和感とそれに対する不安、漠漠とした感に始まり、次第に抑制の箍が外れて大虐殺にいたるという解釈だけでは説明できない現象がここには記されている。
 人の歴史や生死を考えるために読む本である、とは言わない。考えるよりもまず手に取り、心に浮かぶ感情を受け止めるべき本である。


ラス・カサスへの評価は慎重である必要がある

スペイン人の新大陸での鬼畜の所業を訴えた人物として有名な彼であるが、もうちょっと慎重に評価する必要がある。彼は1520年にこんな発言をしたことがあるのだそうである「インディオの身体の作りがひ弱であると示唆し、アフリカの住民なら、鉱山やプランテーション用の肉体的な苦役に、はるかによく耐えられる」と。この言葉が奴隷商人に示唆を与え、黒人奴隷貿易を引き起こすきっかけのひとつになったのである。彼の名誉のために付言するが、後に奴隷貿易の実態を知った彼は反省している。だが彼は何によって新大陸住民とアフリカ人を比較したのか。新大陸住民はアステカ・インカといった驚嘆すべき文明を建設したが、アフリカ人に文明は見出せないことだった。極めて独善的な評価だろう。ちなみにカトリックとして新大陸住民を「人間」と認めたのは教皇パウルス3世で1537年に教書「スブリミス・デウス」を発布し、さら異教徒であっても奴隷としてはならないとしている。


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学問の下流化

竹内 洋 
学問の下流化
定価:¥ 1,995
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本のタイトル「学問の下流化」そのものにあまり意味はない

本書は、あとがきにもあるように筆者が「ここ数年来、主に新聞紙面に発表してきたエッセイや書評、評論をまとめてできあがった」本である。従って、本のタイトル「学問の下流化」そのものにあまり意味はない。筆者が、色々と最近の学生や教授陣、知識人と呼ばれる人々の動静を総括して学んでいること教えていることが昔と比べてレベル低いなあと感じたという程度の意味である。

社会学は、歴史も新しく、対象も雑多であやしげであり、ちょっとした見方の違いの発見や忘れ去られていた事実の掘り起こしを針小棒大におおげさに表現することで学問として成り立っている。(と、失礼ながら自分は思う)いわば、社会学自体が下流の学問でもある。そんな感覚をずっと持ちながら本書を読んだ。

ただ、本当に読んで良かったと感じた点は、バラバラでブツ切りの本であるがゆえ、書評やエッセイ・評論の書き方の作法を実例で学べる点である。さすがに、量をこなすことが質を向上させるので、話題のつなげ方・意見の述べ方などブログの作法として見ると参考になる。


表題と中身の不一致

表題の「学問の下流化」とは一体どんなことだろうとの素朴な疑問から本書を購入したがそれに対応する箇所は無い。竹内洋 著作集とすべきだったのではないか。「学問の下流化」というテーマとしては読む必要のない本である。

知のフィールドを散策する、洒脱なエッセイ☆☆

本書は歴史社会学者、教育社会学者で

京都大学教授を務めた竹内洋さんが、

これまでに手がけた書評やエッセイを集めたもの。


取り上げられる話題は

学問の下流化(=ポピュリズムとほぼ同義)

知識人論、大学論、イギリスにおける教育、村上ファンドまで

多岐に及び、

書評の対象となる書籍も

―やや、新書が多いように感じましたが―

フランシス・フクヤマさんの『アメリカの終わり』といったハードなものから

綾辻行人さんの『深泥丘奇談』と

知のフィールドを縦横無尽に駆け巡っておられます。


大壇上に議論をしたり、

安易な結論に飛びつくことはせず、

冷静に問題点や著者の主張を分析し、

それを、簡潔でロジカルに読者に示す様子に

自分もかくありたい―と思わずため息。


おまけに

添えられた短いコメントも、

的確かつオシャレだから、再びため息。


本書は、律儀に最初のページから読むよりも、

偶然開いたページをパラパラ読む方が、より楽しめると思います。



読む人を選ばない本ですが、

とくに、社会科学に強い関心を抱いている方には

強くおススメします☆☆


さまざまな読み方ができる本:スタイルとしての学問

この本はある種の知的ダンディズムを醸し出している(あくまでも男性中年大学教授という留保がついているが)。竹内洋の書物に通じている人であればアイドルの知的生産の背景を知ることができる。通じていない人には、著者の読書体験やカバーしている領域を知る舞台裏を知ることができよう。唯一「学問の下流化」について「理論的成果」を期待する人だけが裏切られるかもしれない。しかし、そういう知的消費を道楽としてなかなか自己意識化できない人でも――評者がそのひとりだった――「〜のために読む」ということが〈下流化〉の始まりであったことにはっと気づかされる本である。2,3時間の新幹線のなかで読める本であるし著者の旺盛な書物生産の裏側(=舞台裏)を眺められ、啓発されるところが大である。

教育社会学者の論考集

近年精力的に著作を続ける著者の書評集、論考集です。
学問に於ける格差は日本で一番早く苅谷氏によって指摘されていましたが
当時はまったく誰もそれを格差の土俵でとりあげず現在もあまり
とりあげられていません。本書の書評ではそれらを確認できる
書物も多くとりあげられています。
ただ教養を元にした論考も多いため読むものにも教養が求められます。
教育社会学に興味がある人におすすめです。



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教養主義の没落―変わりゆくエリート学生文化 (中公新書)

竹内 洋 
教養主義の没落―変わりゆくエリート学生文化 (中公新書)
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商品の紹介
本書のタイトルを目にして戸惑いを覚える向きも、決して少なくはないだろう。教養主義などと呼ばれる姿勢は、まさに「没落」して久しい。なにを今さら、と感じても当然だし、そもそも教養主義なることばを知らない読者もあまたいるはずだ。少々古めかしい本と思われても止むを得ないかもしれない。ところが、こうした印象とは裏腹に、本書はきわめてユニークで刺激的な文化論となっているのである。

教養主義とは、読書を通じて得た知識で、人格を磨いたり社会を改善していこうとする人生観のこと。大正期の旧制高校ではぐくまれた思潮で、戦後も1970年前後までは大学生の規範文化だった。本書はさまざまな文献や統計を素材に、教養主義の盛衰を実証していく。たとえば、勉強時間や書籍費、スポーツへの関心などについて教養主義の担い手たる帝大文学部生と他学部の学生を比較したり、学生の検挙率からマルクス主義の浸透を解読、または、大学生への読書調査をもとに、戦後、「世界」「中央公論」といった総合雑誌が読まれなくなっていくさまを提示する、といった具合である。こうした検証だけでも充分おもしろいが、「いったい教養主義とはなんだったのか」という考察にまで筆が及んでいるところが、なにより注目に値する。

著者によれば、教養主義を支えたのは、都市の気風よりも、むしろ農民的刻苦勉励の精神である。これも単なる印象ではなく、帝大文学部の学生は他学部にくらべて農村出身者の割合が高かったという。知識人として文化的生活を送ることへの憧れが背後にあったと考えられるのだ。ゆえに戦後、都市と農村の文化格差が消失し、学生がエリートでなくなったとき、教養も意味を失ったとする。さらに本書では、大学生の権威が失墜した不安や怒りを源泉に学園紛争が起こったという見方を示しているが、これもさまざまな資料にもとづき教養主義の斜陽が述べられたあとだけに、はっとするほどの説得力を持っている。

とはいえ、本書は単に実証的・論説的な書物ではない。あからさまに謳(うた)うことは避けていても、教養主義に対する愛惜が端々ににじみ出ており、それが骨太なメッセージとなって伝わってくるのだ。著者も述べているように、今後かつてのような教養主義が復活することはまずありえないだろう。しかし、文化がますます軽く、歯ごたえのない消費財となっていく時代、そのなかにいささか学ぶべきものがあると考えても決して的はずれではあるまい。(大滝浩太郎)


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日本型教養「風」主義への鎮魂歌

かつて存在したという旧制高等学校的教養主義の発生と展開、そしてその没落を記すことにより、正に「引導を渡す」。正しく成仏させんとする試みが成功した一冊です。
 総合月刊誌『現代』等の廃刊の報道が続いているが、かつてあった総合月刊誌が必要とされる公共空間、定期購読することにより雑誌を支えた人々の生態、何を望み読者となったのか、岩波書店の『世界』の役割と刊行物、『世界』をリードした人々の個人史・成育史と『世界』にリードされた人々の群像等々まで踏み込んだに日本型教養「風」主義への鎮魂歌である。
 帝大における文科・文科大学の位置づけ、文科の学生の出身階層と彼らの前に立ちふさがった将来展望等々を、多数の統計資料を裏付けにしながら、各世代の文科出身者の叙述から、教養主義の母胎と限界を解き明かす。
 文科が決して「エリート学生」では無い逆説は、巧妙である。
 「人格の完成」との見果てぬ夢に灯火を見出した時代が確かに存在したかに思える。教養主義への愛憎の中、書籍と雑誌を仮想として必要とした時代の終わりの鐘を鳴らす一冊です。
 新たな時代の教養の指針は、今だ存在しない。しかし、それは喜ばしいことだろう。教養が必要とされるものならば、必ずや新たな指針は築かれるのだから。


エリートの没落

久々に“古き良き新書”という感じ。というより、ずばりテーマである教養主義の結晶
と言えるかもしれない。

本書は、戦前戦後の高等教育における教養主義の変遷を独自の視点で説く。
それは西洋文化の輸入に始まり、農村社会からの羨望をエンジンに一時代を築く。
そして社会経済の成熟とエリートの総サラリーマン化により、教養も学歴も
かび臭い権威に成り果てると、マルクス主義という新たなエンジンによって
別の方向へと走り出す。
エリートもマルクスも滅んだ以上、大学がレジャーランドとなるのは必然の結果
だったのだ。けして学生がバカになったのでも、社会が堕落したのでもない。

ただし、“教養”の無い技術偏重の学問では、思想も文化も成長性を失い、
社会は停滞する。ひょっとすると格差と新エリート層の台頭によって、大学の
中には新たな教養主義が生まれるのかもしれない。


驚きの考察−なぜ大学はレジャーランド化したのか

日本の教養主義(マルクス主義含む)が、都会へやってきた比較的貧しい階層の刻苦勉励主義に支えられた、(洗練された中央文化に対する)カウンターアタックだったという筆者の考察には驚くべきものがあります。 高度経済成長期、地方と都会の差が縮まるとともに、教養主義も没落した−。 恐らくそれは正しいのでしょう。 それに加えて、戦前まで日本以上の歴史と文化的多様性を誇るヨーロッパ的教養を範としていた日本が、その没落とともにアメリカ流の社会を目指したことも理由だろうと、私は思っています。 私は在米12年になりますが、最近の日本人の今すぐに結果、見返りを求めるメンタリティが(それがいい悪いは別にして)、驚くほどアメリカ人に似てきていることに驚かされることがあります。 日本流教養主義解体の牽引となった石原慎太郎、吉本隆明、ビートたけしについての考察なども鋭いものがあると思います。

私事になって恐縮ですが、教養主義的傾向の強い両親(しかもどちらも地方の教員)に育てられた私が過ごした90年代初頭の東京の大学はまさにレジャーランドでした。 その居心地の悪さと言えばあまり思い出したくもないことですが、折りにつけてあれはどうしてだったのだろう?と、考えることがよくありました。 そのもやもやとした霧を晴らしてくれる本でした。
私はまさに今は昔の教養主義的学生の典型だった!?



思想史としても興味深い本

旧制高校から戦後の大学まで1970年ごろまで生きつづける教養主義。
それは左翼とも密接に絡み、農村部出身のエリートの羨望でもあり、身の処しかたでもありました。また下町文化に対し山の手文化を築いたものでもありました。
著者はこれをフランスと比較したり、岩波書店と講談社を比較したり、戦前の学生の読む雑誌、戦後学生の読む雑誌、70年代以降の学生の読む雑誌を比較したり、文学部と法学部と経済学部の学生の比較をしたりしながら多彩に描いています。

また、教養主義の破壊のイデオローグとして、石原慎太郎、吉本龍明、ビートたけしを挙げ、結局、かつてエリートだった大学生が単なる労働者予備軍に大衆化してしまったことを基本原因とします。
この観点から大学紛争が捉え直されています。

思想史としてもなかなか面白く、一気に読める本です。


まさに現代の教養書

 あまりの面白さに一気に読み終えたが、教養主義の内実が露にされたことの爽快感とともに、何やら寂寞とした印象を残す。はてこれは何だろうかと暫し黙考してみるに、それは、かつての人文主義的教養主義者が無益な理想を追い求める姿と、今の自分の姿が二重写しになっているところだと気がついた。本書は、往時の教養主義文化を下支えしていたのが、都会人的な余裕のない田舎者の成り上がり精神であったことを解明しているが、それを現代の文脈に置き換えれば、さしずめ今流行りの格差社会論で言われる下層民的精神風土と酷似している。ということは、自分のような現在の若年教養主義者の精神風土は、フリーターのそれと大差ないことになろうか。自分が何者かにカテゴライズされる点では占いと同様であるとはいえ、占いにはまだ希望がある。しかし、現代の教養主義者には、もはやそうした希望は残されていない。
 著者は、本書の最終部で、往時の教養主義を培ってきた独特の人間関係や人的ネットワークのあり方に、これからの教養主義にとっての活路が開かれている可能性を示唆する。だが、往時の教養主義とそれを培ってきた対面的人格関係の間には、互いに互いの存立基盤を補強する相補的な関係が成立していたと考えられる。教養そのものが終焉し、ネットやケータイによって人間関係の様態が変質しつつある今日において、果たしてそうした活路の素地が本当に残されているのかと考えると、まったく暗澹たる気分に襲われる。きっと、本書のインパクトは、今の時代になおも教養への憧憬を抱いてしまった若い人々の方が大きく、その実存に対して甚大な揺さぶりをかけることになろう。その意味で、本書は、まさしく現代の「教養」書である。



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文化と帝国主義〈1〉

エドワード・W サイード Edward W Said 大橋 洋一 
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商品の紹介
『Culture and Imperialism』(邦題『文化と帝国主義』)は「ペンは剣よりも強し」を見事に実証した1冊。著者エドワード・サイードが鋭い文芸批評を通じ政治学の基本を説いた名著である。その中で明らかになるのは、植民地支配の最も効果的手段として、政治経済のみならず「文学」をも利用した西洋帝国主義の実像だ。

著者は19~20世紀の西洋における小説およびマスメディアのテーマを「植民地支配の武器」という観点で検証、さらにそういった帝国の支配に対して「被支配者たち」が見せた言語による文化的抵抗を鮮やかに分析している。前述の「ペンは剣よりも…」を考え出したのがビクトリア朝時代のイギリス人ブルワーリットンだったのは単なる偶然ではない、とサイードは主張する。

言語による治世学ともいうべき方法論を考察した、ポストコロニアルのバイブル的1冊。


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骨の髄まで植民地人だからこそ

翻訳書の前半部を再読してみたが、やはり、文化の脱植民地化をテーマ化した名著だと言わざるを得ない。ただし、初学者には難解なので注意をしておく。それは、歴史学専攻の研究者によくある誤解とは異なって、本書は文学における「帝国意識」の解析をしようとしているのではないということだ。「帝国意識」論ならば、もっと読みやすい通俗的小説を取り上げて批判すればよい。(たとえば、一連の木畑洋一の書物。なお、杉本淑彦『文明の帝国―ジュール・ヴェルヌとフランス帝国主義文化』山川出版社も読みやすい)。しかし本書は、買弁ブルジョア階級に産まれた植民地人が、自らの知性の根幹にもなっている西欧の古典芸術の批判を目論むプロジェクトなのである。シェークスピアやディケンズ等を読みながら育ち、骨の髄まで英国流植民地教育に侵されているからこそ、今なお偉大な文学や芸術作品であると評価する西欧の芸術作品を批判するのである。もちろん、偉大な古典文学なのだから、サイードにとって単なる帝国主義や植民地主義の道具ではありえない。つまりは、一種の自己批判によって、脱植民地的な視座に至ろうしているわけなのだ。、

必然的に、植民地世界をよく描いたと思われるキプリング『キム』やコンラッド『闇の奥』のような作品についての文章は、情熱がこもってくる。逆に、この英文学者は仏文学をあまり好きではないのか、評価が低い。とくにカミュ『異邦人』に対しては一方的な批判ばかり目立ち、判りやすいが出来の悪い評論文になっている。これでは、「帝国意識」論とほとんど同じ視座だ。

なお、植民地人の文学的営みについては、本書だけではわかりにくい。アッシュクロフトらの『ポストコロニアルの文学』青土社やRushdie, Imaginary Homelands: Essays and Criticism, 1981-1991 , Granta Booksをぜひとも併読する必要がある。

文系爺さんの戯言,ではすまない

現在の世界各地の現実と,世界各地のさまざまな文学とを,行ったり来たり,重ねずらし,しながら,帝国主義を,境界を,民族主義を,本質主義を,さまざまを,糾弾し,その基を探し,読者を啓蒙していく。
政情や事変の具体的な出来事と,小説の読みとが,気ままに交錯する。まさに気ままで,硬い訳文とは逆に,実は,本人的には面白くって仕方なく,うひょひょ笑いながら語ってるところもありそう(だけに,勢いをもって読み進めた)。
しかし,そんなサイードが本書で語るのは,フィクションでも戯言でもなんでもなく,私の目の前の世界だ。
ただ,この文芸から入り,気づけば現実を語っている,その語り口は,戯言と紙一重。私はもう文化がどれほど世界を動かすのかについての実感をもてないほど,お金が動かす世界のイメージに教育されきっている。そんな読者が,どこまでこの語り口を受け付けられるのだろう。かといえ,それを外せばチョムスキー。これまた「陰謀マニア」のレッテルを貼られておしまいなのだろうが。
本書の啓蒙的態度に対して,じゃあどうしろと?,と思うが,サイードは,文芸の中や「コントラプンクトゥスだ!」の中へとするすると去っていく。己で考えい!ちゅうことやろうけど。
時に古典や教育に未来の夢を託すなど,お爺ちゃん的な一面も垣間見つつ,興奮のなか読了した。


芸術作品の矛盾を引き受けようとする文学批評

サイードの主著であるが、いわゆる知識人論だとか、帝国主義イデオロギー論を期待すると、ちょっと躓くことになるだろう。あくまでも基調となるのは、著者の専門である文学批評なのだ。文学に関心がない人は手を出さない方が無難である。

この書で、サイードがしばしば強調するのは、自己を揺さぶり動かす他者(他者の文化)との出会いにおいて、超客観的なアルキメデス的な梃子の支点、利害や葛藤から自由な特権的解釈者は存在し得ないと言うことである。現実の観察者は、権力の後ろ盾を頼りにしたりしながら初めて可能になるからである。サイードが本書で評価を惜しまない二人の作家、コンラッドの『闇の奥』とキプリングの『キム』も、その例外ではない。彼らは高い芸術作品をつくりあげたが、同時に植民地主義的権力を前提に物語ることが可能だった。それを、サイードが見事に批判的に吟味することになる。ここで忘れてはならないのは、植民地主義の権力関係なくして、これらの芸術が生まれることもなかったということ。サイードのポストコロニアル文学批評は、その矛盾を引き受けようとするのである。彼が、様々な作家を褒めたり批判・非難したりするのは、そのためなのだ。

歴史学者の「帝国意識」論は、もっぱら粗野な偏見や尊大な思想を歴史に見いだす。しかし、文学批評家のサイードの仕事は、植民地支配を正当化するイデオロギーだとか、文化的偏見がテーマなのではなく、あくまでも、すぐれた芸術作品とみなすもののなかにある帝国主義あるいは帝国主義批判を論じることである。だから、良くも悪くも、かなり難しい書物になったのだ。


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コーヒー豆の生産は、一日1ドル以下で行われている

「女工哀歌」のあとでこの作品を見たが、場所が中国でなくエチオピア、商品がジーンズではなくコーヒー
という違いはあるが、両方とも、多国籍大企業に、「生かさず、殺さず」ほとんど奴隷のように使われている
という意味で、非常に共通するものがある。

ただ、この作品の場合は、一人の強いリーダーが、大企業が支配するNYコーヒー市場とは別に、フェアトレード
を支持する会社に直接出向きに行ったりするなど、前向きな活動が中心となっているので、見ていて、そんなに
絶望感はない。



金は力なり

あまりにも、お金が万能になりすぎた結果の一つに思えて仕方がない。
ここで出てくるのは、生活格差が残されたままにグローバル化した経済の実態。
一日の生活費が、日本とは比べ物にならないくらい安いアフリカのエチオピアの
コーヒー豆を多国籍企業がこれ以上はないくらい安く買い叩いている。
その合間にアメリカのコーヒーショップの能天気な風景をはさんでいる、嫌味だ。
政治的な会談の場面でも不利、必要な数の代表者を送ることすらままならないからだ、
主張を言いたい会議があっても、代表者が参加する前に終了している。
なるほど、誰のための会議なのだ、となるな。

この話って、別にコーヒーに限らなくて、農作物の全て、海産物の全て、衣料品なんか
を含めた全てに関わっている。
ニューズウィークでは、インドの綿花農家の自殺の多発が書いていたけど、それも、
異口同音なんだろう。

ユニクロのジーンズ、ドンキのジーンズが安いと買っている人には、耳に痛い話かもね。

安易な選択肢が、実は自分たちを貧困に進ませているスパイラルなことに気がつかないと、
いつかは、人類全体がタコ足食いになるだろうね。

私も、これではコーヒー農家はやれないと、思うんだから。


フェアトレードのことがよく分かります

フェアトレードをテーマとしたドキュメンタリー映画。エチオピアの低賃金労働のコーヒー農家を中心に描いている。やらせ臭い所もあまりなく、正統派という感じのドキュメンタリー。
こんな儲からなそうな映画を作った正義感のある人は素晴らしいですね。
コーヒー農家は、私が想像していた以上に買い叩かれており、形を変えた植民地支配がまだ続いているという印象。
途上国経済のこととか興味あるけどとっつきにくい、という方へはとっかかりとしてお勧め。


貧しさの連鎖が見て取れる

内容的には、中間搾取を省いて直接コーヒーを消費者に売って農家の取り分を多くしようという映画である。
しかし、どうしても監督の思い入れもあり、かわいそうだという視点で見てしまう。
実際、コーヒーで儲けることができないから、麻薬を育てる人が増えてるそうだ。
どこまで本当か疑ってしまうが、確かにマクドナルドなどのコーヒーはどう考えても安い。
安すぎる。


世の中の仕組み入門

アメリカのサンダンスフィルムフェスで有名になったこの作品、日本ではアップリンクなどの努力でやっと公開されました。こういうものがもっと日本でも公開されて、日本で映画をつくる人たちもこういうものをもっとつくるようになれば、と願います。ちなみに原題はBlack Goldです。

注:「イギリスのサンダンスフェス」と間違えて書いていたので、訂正しました。



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日本史を国際政治の視点からみた良書

私が、米国の大学で日本近現代史を興味本位で聴講した時に出会った本です。著者は、ハーバード大学の日本研究の教授であり、米国での日本社会に関しての権威です。彼の視点は、日本で習った日本史とは違い、日本をその時の世界政治の状況に照らし合わせ、時のリーダー達が取った選択は決して日本独特の物ではなく、何ら西欧諸国のリーダー達と変わらないとします(良い意味でも、悪い意味でも)。それは、西欧のみならず日本人自身が、日本は特殊だと思いがちな傾向を考え直させてくれます。


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