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消去 上

トーマス ベルンハルト Thomas Bernhard 池田 信雄 
消去 上
定価:¥ 2,940
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絶望の果てに響く乾いた笑い声

ローマで個人教授をしているフランツ・ヨーゼフ・ムーラウは、両親と兄の事故死により、故郷ヴォルフスエックの財産の相続人となります。家族と故郷を忌み嫌っているフランツは、憎しみを心に抱えながらも帰郷します。彼の幼年時代は幸福で満たされていましたが、「子供時代(の幸福な記憶)は無尽蔵だと思いこんで、何十年にもわたって浪費しつづけ、ついに完全に使い果たしてしまった」ため、彼の心の中にはもはや故郷に対する憎悪しか残されていません。労働と富に汚染された故郷を目の当たりにしたフランツの心の中で、憎悪が絶望へと変わり、財産を全て処分して故郷と自らの過去を消去しようとします。しかし、ヴォルフスエックに感染しているフランツは、「消去」を遂げることができるのでしょうか。
延々と続くフランツの独白、反復される前言、突如の教え子への呼び掛け(と、私はガンベッティに言った)。苦渋に満ちたページを繰る読者の手が止まらないのは、こういった技法に加えて、何処かからか聞こえて来る乾いた笑い声によるものです。絶望の縁にありながらはっきりと聞こえてくるこの笑い声を、何と表現することが適切なのでしょうか。冷笑? 嘲笑? 哄笑? それとも「諦笑」とでも呼びましょうか。
この作品が人々の内に引き起こす反応には、様々なものがあるのでしょう。嫌悪、憎悪、恐怖、感嘆、或いは無関心もあるかもしれません。しかし、この作品がその内容、作家の技術において重要なものであることは疑いの余地がありません。
アゴタ・クリストフは『文盲』のなかで、ベルンハルトの『諾』(ヤー)、『コンクリート』、『声色使い』、『樵』(きこり)といった作品名を挙げていますが、邦訳がないものについては、是非刊行を期待したいところです。


失意

最初から最後まで改行無しで延々と語られる、家族との確執。
改行無しの効果か、ずるずると主人公の語り口に引き込まれる不思議な小説。他人の内部をどこまでも猜疑心で見、自己嫌悪や優越感に浸る主人公。何時しか自己投影してしまう面白さです。


静かな不思議な小説

何も考えずただ働くだけの両親や兄妹を軽蔑し、哲学的に生きるゲオルグ叔父にあこがれる主人公。まったく改行のない文章は読みにくいが、それでもずるずると読み進めてしまう不思議な魅力のある小説。精神的人間は、無為に過ごす時もっとも活動的なのだとか、哲学的なものはいつも私たちが吸い込む空気のようなもので、長い間保持することはできないといった記述は奥が深い。


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ベルンハルト短篇集 ふちなし帽

トーマス ベルンハルト Thomas Bernhard 西川 賢一 
ベルンハルト短篇集 ふちなし帽
定価:¥ 2,940
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人間は矛盾した存在である

  この短編集に共通するテーマは、人間とは矛盾する存在であるということか。800シリングの賭けに勝つために、2500シリングの義足を無駄にする「ヴィクトル・ハルプナル」、演劇を軽蔑しながらも、前売り券を買う「喜劇? 悲劇?」、母の死の原因となった叔父を嫌いながらも、彼の斡旋で職につく「ヤウレク」、兄に虐待されながらも、その兄に尽くす妹「大工」などなど。まったく矛盾なく人生を過ごすことは難しい。
  訳者による巻末の「ベルンハルト覚書」では、ベルンハルトは哲学者ヴイトゲンシュタインに心酔していたとあるが、「ポパーとウィトゲンシュタインとのあいだで交わされた世上名高い10分間の大激論の謎」(デヴィッド・エドモンズ ジョン・エーディナウ 筑摩書房)によれば、ベルンハルトはウィトゲンシュタイン家を「巨万の富によって窒息させられた芸術と知性の敵」と批判している。たしかに「ヴィトゲンシュタインの甥」という小説を書いていることからも、ベルンハルトはウィトゲンシュタインにたいし、こだわりを持っていたことは間違いないが、「心酔」とは違うのではないか。



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砂時計 (東欧の想像力 1)

ダニロ・キシュ 奥 彩子 
砂時計 (東欧の想像力 1)
定価:¥ 2,100
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夜の果てへの旅〈下〉 (中公文庫)

セリーヌ Louis‐Ferdinand C´eline 生田 耕作 
夜の果てへの旅〈下〉 (中公文庫)
定価:¥ 980
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なんともいえない読後感

澁澤龍彦氏の文章で本書を知りました。
現実逃避の「自分探し」が氾濫する現代。
自己の存在を考えさせてくれる本でした。

生田氏の翻訳も、非常に切れがよく
わかりやすい文章で、読みやすいです。
ひたすら難解に、暗くなりそうな内容を
歴史や政治情勢に疎い人間でも理解でき、
内容に入り込めるものにしてくれています。


村上龍氏の激賞

村上龍氏の作品を読んでいて本書を知った。
「ひきこもり」という「ひきこもれる」時代に、セリーヌの生きた時代とつい比較してしまう。
実はセリーヌは「戦った人」なのではないか。
自分の内部と戦うことは実にキツい。
そういうことの表明が本書だと思う。
暗く読んでもいいけど、読んだら扉を開けて戦いに行かないとダメだと思う。
そこまで恵まれた時代でありこの国なんだから。


必読の書です

セリーヌの「夜の果てへの旅」はメジャーな作家ではない故に、日本ではあまり知られていませんが、私の読書体験においても大きな位置を占めるものです。現代において、将来への漠然とした不安や焦燥感といった感覚がある、という人は一読をお勧めします。内容については、個々人で感じるものが違うでしょうから、あえて触れませんが、私は大学の時に読んで、人生観が少し変わった気がします。もう一度、きちんと読み直したいと思える、数少ない一冊です。


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夜の果てへの旅〈上〉 (中公文庫)

セリーヌ Louis‐Ferdinand C´eline 生田 耕作 
夜の果てへの旅〈上〉 (中公文庫)
定価:¥ 880
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罵倒言語の美しさ



俗語・罵倒が大量に導入されておりますが、それをスピード感を失わせずに文章に封じ込めるのは、
並々ならぬ繊細な神経の持ち主であったことの裏返しでしょう。

上下巻読みとおしましたが、分量的に下巻は冗長に感じてしまいますが、
(そのくらい上巻のラストの駅での別れの描写は美しいのですが。)
この美しい作品を日本に知らしめた生田耕作先生にあらためて、感謝せねばなりません。


この世界と和解できない人へ

絶望の果てには奇妙な快楽が潜んでいる。
それに気づいている人は少なくないのだが、
それを追求するだけの勇気と機会と才能を持った人は極僅かしかいない。
セリーヌは、幸か不幸か、その全てに恵まれていた。
この『夜の果てへの旅』には特に気に入った一節があるのでここで紹介したいと思う。
セリーヌを手に取るほどの人ならきっと共感してくれるだろう。
「完全な敗北とは、要するに、忘れ去ること、とりわけ自分をくたばらせたものを
忘れ去ること、人間どもがどこまで意地悪か最後まで気づかずにあの世へ去っちまうことだ。
棺桶に片足を突っ込んだ時には、じたばたしてみたところで始まらない、
だけど水に流すのもいけない、何もかも逐一報告することだ、人間どもの中に
見つけ出した悪辣きわまる一面を。でなくちゃ死んでも死に切れるものじゃない。
それが果たせれば、一生は無駄じゃなかったというものだ」


一線を越えて「果て」へと向かう

たぶん人間には超えてしまったら戻れない「一線」みたいなのがあって、その向こうがおそらく「果て」なのだと思う。
文章中に時折出てくる「果て」のフレーズはどれも、深い森の奥から聞こえてくる嘆きのようにじわりと重く響く。

主人公とその友ロバンソンは、生涯かけてその一線の淵をさまよい歩く。
人生という夜の中、一箇所にとどまれない放浪者が、果てを見すえつつ旅をしている。
一線を越えるか超えないかの話といい、アフリカという舞台といい、なんだかコンラッドの「闇の奥」を思い出すところがある。

戦争を否定し、偽善を否定し、友も家族も愛も嘘だとはねつける。
ある意味、正直で潔癖なのだろう。
だけど否定ばかりのその先には、いったい何が残るのか。

わかるけど共感したくはないなと思う自分は、精神的に健康なのか、それとも偽善に毒されているのか。
あるべき姿、希望はこの本にはない。
だからこそ、ある意味では普遍的だといえるのかもしれない。

印象として、夕闇に沈む光景のような本。
後ろには町の光があるのに、自分は光のない道の先ばかりを見てしまう。
その姿は虚しく、そして物悲しい。


中二病 課題図書

十代で読んでいたらどうなっていたんだろう、と二十代前半ではじめて読んでそう強く思い、最近三十代で読み返してみました。
どこをとってもぐっとくる。
別に年なんて関係ないさと思うけども、やはり二十代前半で読んでおいて良かった、と思いました。
あーあのときのあの感情って、ここからのぱくりだったのか自分、と感じてみたり、いやはや、やはり文学は読み返して、なんぼです。


絶望と欲望

ここまで人間を卑しく、否定的に語ったものを他に知らない。読中、読後私は厭世観から来る空しさ、鬱屈さとに悩まされ、苦しむばかりだった。まるで主人公のバルダミュ同様に私も徹底的な絶望の果てしない旅をしていたように感じてならない。

絶望の中に僅かの希望もない、どの人間がどんなことを言ようが悪であることに変わりないという主張が一貫して綴られている。客観的に傲慢じゃないかと思われるロバンソンの後半の言動だが、彼に関わった、あるいは関わっている人間たち、社会も、俗悪で無責任で冷たく残酷なのであり、それ故に彼のその言動が論理性を帯びて、むしろ当然の主張だと納得できてしまう。

また、人間の根本的な悪は欲望に通ずることを本書は示していると言えよう。金銭欲、性欲、食欲、病気からの快方欲、名誉欲、自由欲など、本書の至るところに人間の欲望は見受けられる。しかし、そこでは欲を満たせば新たな欲が生まれる欲の連鎖が展開しているのであり、それはとどまるところを知らない。そして、本書の登場人物たちは欲の奪い合い、欲の陣地取り、言わば欲取り合戦を様々な場面で演じているのである。



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アウステルリッツ

W・G・ゼーバルト 鈴木 仁子 
アウステルリッツ
定価:¥ 2,310
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ため息をつく。

今年のベストはおろか、オールタイムベストの一つとなるだろう作品。茫漠と広がる灰色の、セピア色の、モノクロの景色の中に極彩色の点景。行き過ぎる場所としての駅舎。記憶を湛える器としての要塞、ゲットー、あばら家、図書館、墓場。空間と時間、生者と死者、自己と他者、それぞれの記憶が言葉と像とによって紡がれる物語。小説が扱う最も基本的な素材をもってして、20世紀の終わりにこれだけの作品を作り上げたというその偉大さには言葉が無い。参りました。

私にとって

装丁を見て惹かれたという理由で読み始めたのだから著者などにかんする予備知識などなかった。歴史や地史などまったく知識がないので、何ページか読んで青ざめたが、それでも読み終えてしまった。それからも取り出しては開いて眺めたりしている。
モノクロ写真が挿画として、てんでの大きさで入り込んでいる。これだけ眺めていても随分不思議な気分になる。この本を読んでからというもの、その文面によって描き出され、私の想像で創りあげた、あらゆる場面が時どきに浮かんでくる。私はそれを味わう。
殺風景なつめたい部屋で、正方形の写真を好きなように並べ替える年取った男の姿、一旦飛び立つと地面につかずに滑空し続けるつばめ、、
これを読むようになりしばらくしてから、著者は2001年に交通事故で死去していたと知った。大変残念に思う。
訳者の鈴木仁子氏に、これ以後もこの偉大な作家の邦訳書の普及者となっていただけることをのぞみます。
今月いよいよ二冊目が出版されること楽しみにしております


人類最大の汚点に集約される壮大な思考の迷路

深遠で透明感漂う森に迷い込んだかのような、言葉の迷宮に酔いました。ヨーロッパ各地にある建築物や、それに類する歴史についての詳細な語りは、饒舌を通り越して幻惑、あるいは惑乱して、私などはもう一度文章の初めにもどって理解するなんてことが何回かありました。とにかく、一種の魔力がありました。しかし、自分の出自の謎を解いていくというのは、というか自分が何者なのかわからないというのは、なんと恐ろしいことなんでしょう。あの時代、混乱の極みにあったヨーロッパは無法地帯で、実際こういう境遇の人は数多くいたんでしょうね。アウステルリッツの頭の中では封印されて触れることのなかった、忌まわしい過去。この人類最大の汚点はけっして忘れられることなく、経験しなかった我々の心の中に居座り続けていくのでしょう

「語る」ということの深淵

無数に繋がる記憶と物語の連鎖。「間違った世界」の中で、何かに取り付かれたように、自分をとりまくすべてのものを語ろうとする主人公、アウステルリッツの物語。その語りはときに飛躍し、ねじれ、どこかに飛翔したあと、しかしすべてが挿入された写真のような、暗い、モノクロのトーンをまとって読者のもとに辿り着いてくる。

自分というものを語ること。それはとりもなおさず、自分の周りのすべてのものを語ることに他ならない。しかしそれでもなお、それでは十分でないのだ。そこにあるのは永遠の徒労感と、しかしそれでも語ることをやめることのできない焦燥である。

この物語はそういう物語だ。カタルシスはない。アウステルリッツはどこにも辿り着かず、何かを得ることもない。彼はただ、闇の中のアライグマのような強迫観念をもって、何かを語り続けることしかできないのだ。何かを語るということ。その果てのない不可能性と、いわくいいがたい深淵を、この本からは学ぶことができる。私はどうしても(文中で語られていることではあるけれど)、アウステルリッツの想像の中の顔は、ウィトゲンシュタインのそれと重なってしまった。

ありきたりな感動も、明確な教訓のようなものも、この本の中にはないかもしれない。
しかし、この本は読まれるべき類の一冊だと、私は思う。


独特の世界

 この手の、いかにも純文学という感じの本は苦手なのだが、わりにすらすら読める本だった。それは文体が難解でないこともあるだろうが、写真が多用されているせいだろう。私はこの写真が気に入ってしまった。白黒の、人のいない風景の写真が多く、写真を見ながら文章を読んでいると不思議な世界に誘われてしまう。

 例えば、ヨーロッパの聖堂のように大きい駅の窓に清掃する人が二人、クモのように張り付いている。文章で指摘されていないと気づかないくらいの大きさなのだが、いわれてみると確かにクモのように見えて面白いと思った。

 この小説はストーリーを追うというよりは、書かれているディティールを一つ一つ楽しむ種類のものだろう。たまに本を閉じて、空想の世界に遊びたくなる。ゆっくり時間をかけて読みたい作品。


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美しい夏 (岩波文庫)

パヴェーゼ Pavese 河島 英昭 
美しい夏 (岩波文庫)
定価:¥ 588
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パヴェーゼ、貴重な翻訳本

昨年読みましたが、今でも印象に残っています。

イタリアの作家はあまり読まない…というか、
売っている本が少ない。
なので、とても新鮮でした。

ヴィットリーニ、カルヴィーノ、パヴェーゼは
イタリア20世紀文学における《ネオレアリズム》の代表者です。
パヴェーゼは反ファシズムと疑われ、1年間抑留。
この「美しい夏(La bella estate)」を執筆した2ヵ月後の1950年に自殺してしまいました。
この本は3部作の最後。

内容は意外。
読み始め、のどかな雰囲気の姉妹の話かと思ったら、全然違う。
そこは読む人の意見が分かれる所で、
ファシズム時代の作家、パヴェーゼらしさというか、
彼がリアリズムを打ち立てようとしていた作家だからだと思います。
でも、一人の少女が大人へと変わる"瞬間"を上手に描いているなと思ったし、
変わるというのもこういう事なんだろうと思う。
新鮮さを求めてる方には、是非とも読んで欲しいです。



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寄宿生テルレスの混乱 (光文社古典新訳文庫)

ローベルト ムージル Robert Musil 丘沢 静也 
寄宿生テルレスの混乱 (光文社古典新訳文庫)
定価:¥ 740
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「空虚」な世界で生きるには

1906年というからすでに100年以上前。全寮制の学校にいる主人公が抱く「空虚」感がたまりません。一応、両親から離れたことがその原因らしく書き初められていますが、そもそもこの世界に原則的・根源的に追い求めるべきものなどないのだという「感じ」はとんでもなく現代的。いじめあり、同性愛あり、思春期の反抗あり。盛りだくさんです。

「空虚」を充たそうとして主人公が向かうのが「知の世界」と「性の世界」。虚数や無限、カント哲学に魅了され、娼婦や美しい同級生男子によろめく。しかし、結局充たされないことを確信して成長するという正統的な、いかにもカントを勉強している「超越論的」小説です。現実が「空虚」で充たされないのは、あまりに理想を高く設定し、近づくとさらに高く設定し直すから、つまり、超越的なものの存在を信じているからです。だからこその思春期!

少しばかり説明過多な前半と比べて、加速度的に主題が展開する後半がすばらしいです。ぜひ高校生、大学生に読み通していただきたい古典的傑作。


魅力的な混乱

ムージルに「敷居の高さ」を感じている人は多いのでは?
私もその一人で、ムージルといえば「難解」「孤高」「文学的」=ためにはなっても、楽しく読めなさそう・・・と思っていました。
今回、新訳&文庫化という条件がそろわなければ、ずっと敬遠し続けていたでしょう。

読んでみて、いい意味で予想を裏切られました。けっこう展開が速くて、エンターテインメントしているのです。一気に読めました。
催眠術を本気で試す同級生だとか、現代の読者からすると「えぇー?」と思う要素もてんこ盛り。飽きません。
でもテーマは、あくまでも少年テルレスの「混乱」。問題の「BL」部分やいじめというのは、単に未知とか謎のひとつの形として選ばれた題材にすぎないようにも思えます。もちろんそれも印象的で、そこに注目して読んでもおもしろいと思いますが。
とにかく起こるべくして事件が起こるのであって、読みどころはその事件によってテルレスがどう揺れていくかです。
そしてテルレスのもの思いシーンは、間違いなく素晴らしいです。「魂」とか「認識」とか、ややこしい言葉が出てくる部分もありますが、テルレスの中で何が起こっているかは伝わってくるはず。
鼻白むところのない訳のおかげも大きいと思いますが、私は感情移入できました。
「まだ考えてるのさ。あれが、どういうことなのか」というせりふの通り、テルレスは最後まで考え続けます。その中に、誰も口に出さない(し、出せない)「あいまいな感覚」がちゃんと息づいているように感じました。
そのリアリティは、自分自身の人生のどこかの瞬間を思い出さずにはいられないほどです。それだけで読む価値はあるし、こういうことができるのが小説の良さだなあ、としみじみ思いました。

そのように饒舌に、切実に描かれているにも関わらず、この話で語られているのは語りえないということそのものです。言葉の限界。しかし、わからないということをめぐる体験のあとでたどりつく場所もあるんだということをテルレスは教えてくれます。
一読すると微妙でも、よく読んでみると成長物語としてじゅうぶん納得のいく結末でした。

BLの古典・・・と聞いて読むと「?」かもしれませんが、萌えは感じなくても「少年」「性」「成長」などは堪能できるので、そんなにずるい売り文句でもないのではないのでしょうか。
それに、古典と思って甘く見ていたら、なかなかどうしてツボは押さえていたし。表現として上品というか、生々しくないので、誰でも抵抗なく読める程度だと思いますが。
BL好きがどう読むのか、興味があるところです。そういう意味でも、いろんなタイプの人にテルレスとの出会いのチャンスを与えたであろう今回の文庫化は価値があると思います。

読むことはないだろうと思っていたムージル。読んでよかったと思います。
魅力的な「混乱」をありがとう、といいたいです。


いくらなんでも

高価な著作集でしか読めなかったこの作品が、
安価な文庫で入手可能になったことを素直に喜びたいと思います。
この調子で光文社さん、名作はもちろん、
大作家の未邦訳作品の紹介もよろしくお願いします。

しかし、帯の宣伝文句や強引な解説はいただけません。
この作品をボーイズ・ラブの系譜に位置付けるのはいかがなものか。
そうまで新しい読者層を獲得しようとしなくてもいいではありませんか。

主人公テルレスは確かに同性に対する性の衝動に駆られますが、
それは未分化な性ともいうべきものであり、
男子だけの全寮制学校だったから、同性に向かったにすぎません。
それに、この物語はテルレスの精神の成長過程を描いたものであって、
性は重要な位置を占めているにしろ、それが作品の中心ではないのです。
このようにあまりに内容を単純化して説明することは、
それを信じて購入したすべての読者、そして何よりも
作者と作品に対する大変不誠実な行為であると私は考えます。

「いま、息をしている言葉で、もういちど古典を」の理念は、
作品の本質を歪めて伝えるということと同じではないはず。
過剰なコマーシャリズムに走るのはやめてください。



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あまりにも騒がしい孤独 (東欧の想像力 2)

ボフミル・フラバル 石川 達夫 
あまりにも騒がしい孤独 (東欧の想像力 2)
定価:¥ 1,680
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軽くて重い

映画『英国王給仕人に乾杯!』を観てから買ったこの本、傑作でした。
現代版カフカともいうべき乾いたテンポのよい文体で、グロテスクな世界をイロニカルに描いている。重い内容なのに笑いながら読んでしまい、しかし読後にはずっしりと重いものが残る、チェコの歴史と政治抜きには語れない不条理小説。ちょっとグロテスクで軽妙なチェコの人形劇も連想させる、まさに東欧の現代文学。
もっと他の作品も翻訳されて売れて欲しいです。



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トランス=アトランティック (文学の冒険シリーズ)

ヴィトルド ゴンブローヴィッチ Witold Gombrowicz 西 成彦 
トランス=アトランティック (文学の冒険シリーズ)
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傑作☆

中原昌也推薦の本書だが、なんとなく面倒そうで避けてきた(中原氏みたいなごちゃごちゃがもうちょっとまじめに続いていたら、きついな、断定的なネガティブレビューもついてるし……みたいな……)。だが、思い切って読んでよかった。こいつは面白い!! 中原氏の最良の短編のテンションが長編の最後まで続くと考えてみてほしい。それでいて、長編としての体もなしている(映画でいうと、ブニュエルの『自由の幻想』くらいの体〈てい〉だが、ともかくただの断片のられつでなく、長編として最後までおもしろく読める)。
そしてこれから読む方にアドバイスだが、できれば「解説」等の予備知識なしで読むことをオススメする。彼の同国人、同時代人はどうしても本書を「ポーランドの戯画」云々ということで読まざるを得なかった(読んでしまうはめになった)と思うが、われわれはそうしたもろもろから自由に読める。このありがたい幸運を享受したほうがいいと思う。
というのも、そもそも著者自身、(彼がうっとうしく思っていたところの)同時代の批評家などより視線は遥かに遠く、ワルシャワ版の前書きで、「だいたい、芸術作品というのは課題作文なのだろうか?〈略〉『トランス=アトランティック』は、それが物語っている以外のいかなる主題とも無縁だ。これはただの物語であり、語られた世界以外は何もなく──作品に何かの価値があるとしても、愉快だとか、色彩豊かだとか、斬新だとか、啓発的だとか、そう見えるがままの価値でしかない──それは眩しく点滅し、多様な意味を七色に輝かせる何かなのだ」と語っている(本書は「酔っぱらったミューズの産み落とした鬼子」〈パリ版前書き〉だとも)。
おそらくこれは人間社会の猥雑さやらポーランド社会の閉鎖性・滑稽を誇張して現しているんだな、みたいに、本書のエピソードにいちいち寓意を読みとろうなんてして読んでいると、本書から得られるはずの楽しみをつかみそこねるということだ。ただひたすらの逸脱、過剰、倒錯、ハチャメチャを大笑いしながら読んだほうがいい(なんなら読了後も、解説の類には一切ふれないほうが再読の楽しみが増えると思う)。ゴーゴリ、カフカ、ガルシアマルケスをリスペクトしている人なら、間違いなくストライクだと思う。少なくとも私にはまったく退屈ではなかった(ちと価格が高いが……)。


中原昌也meets太宰治という感じだが、つまらない。

全体の雰囲気は、中原昌也の小説に太宰治を入れた感じ。スラップスティック的に誇張された各種出来事が罵倒語満載で描かれて、その中に「永遠の青二才」たるゴンブロヴィッチが、自分は大作家だという肥大した自意識を抱え、根拠なしの変な自信と、現実の立場をを見たときの自己嫌悪をいったりきたりしつつうろうろする。でも、つまらない。スラップスティック部分は笑えるほどおもしろくないし、自意識過剰な作家の話なんてうっとうしいだけ。

本書は在外ポーランド人社会を戯画化したことで在外ポーランド人たちからものすごいバッシングにあったそうだけれど、いま読んでなぜこんなものがバッシング対象になるのか首をかしげる程度。ポーランド性がどうしたこうした、という話も、特にその問題に切実な思い入れがなければピンとこない。また、訳者や収録された論文に書かれた、ことばの問題についても、訳者たちが騒ぐほどのものじゃない(少なくとも翻訳は)。翻訳が酷い日本語だと思うだろう、というんだけど、いまや普通か、かえって上品なくらいじゃん、この程度。訳者解説は、翻訳にいかに苦労したかという話を自慢げに書いているけど、数十ページも自慢するほどの代物じゃないし、また亡命者が祖国喪失がとよくある話もありがちなおブンガク談義の域を出ない。



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