|
クチコミ情報
未だに色褪せない現代にも通じる思考ある編集者は最近の建築界の思考状況はこの本の状態から変わっていないとも言っていたが、確かに形態レベルでは進化したが思想レベルでは進化をせずに同じ問いを続けているのかもしれない。
一見、単純に多様なものを受け入れようとする考えだと誤解を招くように思えるが「全てを偶然性にゆだねることは許されない。p.81」と考え方を前提にして本書は読み進めて行くべきだと思う。同じような言葉でコルビジェの「システムのない芸術作品などありえない」という言葉を取り上げている。それは「建築家は慣習を用い、それに生気をもたらすべきだと思う。P.83」という考え方にも反映されているだろう。慣習とはまさにシステムであり秩序である。重要なのは偶然性を引入れることと秩序が同時に存立することである。それは本文中のアルド・ファン・アイクの引用に通じるだろう、
「建築とは、明確に規定された媒介空間(残存部分)を形成する事だと考えられている。だからと言って、主空間はほったらかしのままで良いとか、絶えず変転しても良いというのではない。その反対に、空間の連続性を重んずる現行の概念(一種の病気のようなもの)とか、外と内、一つの空間とほかの空間、一つの存在とほかの存在などの、空間相互の間の区分を消滅させてしまおうという傾向とは、はっきり袂を分かつものである。空間相互は、双方にとって重要なものを保ちつつ、明確に規定された媒介空間を介して結びつけられるのだ。その意味で、媒介空間は、反目しあう両極が再び双対現象に帰するような、共通の土壌をもたらすのである」。
p.152-153
秩序を保ち、かつ偶然を受け入れる一つの状態とは「空間相互は、双方にとって重要なものを保ちつつ、明確に規定された媒介空間を介して結びつけられ」ている状態である。ミースのユニバーサルスペースのような多義的な「一」の状態でもなく、コルビジェの純粋幾何学で形成される「明確でしかも曖昧さのない偉大な単純形態」でもない、その中間のような構造を持った空間だと考えられる。そして、中間を形成するのに「残存部分」(媒介空間)が重要になる。まさに、この空間が全体に揺らぎを与え、無境界的な役割を果たす「間」である。
建築の各空間を大小の「間」を介して繋がる、そこでは
両者共存という現象は、より限定するならば、建築における対立性に帰すると言え、一方、対等な組合せは、統一に帰するのだ。
p.186
という大きく分けて「両者共存」と「対等な組合せ」という「対立性」と「統一性」を引き起こす二つの空間の組合せ手法/力が示される。多様性はこの二つの力によって保持される性質だと言えるだろう。それは以下のような説明で槙さんの「グループ・フォーム」とも繋がる。
ポポロ広場の双子の教会堂の各々は、プログラムの段階では完成しているが、形態表現の段階では未完成だと言える。先述した通り、非対称の位置に付けられた塔が、各々の教会堂を、より大きな全体へ屈曲しているのだ複雑な建物でありながら、それ自体をとると不完全であるようなものは、槙の言う「グループ・フォーム」に該当する。それは、「完璧な建物」もしくは孤立したパヴィリオンの反対のものである。
p.191
重要なのは「未完成」を成立させるための秩序(建築) そのような視点なのではないか?と思った。
そして、多様な形態を生み出す、という視点では現在行なわれるコンピュータプログラミングによる形態生成もヴェンチューリの頃から行なわれる形態生成も多様性の概念が本質的には同じ概念で作られているように思われる。そういう意味では、「モノの多様性と対立性」という感じがする。しかし、ここで述べられている考え方は「モノゴトの多様性と対立性」を考える上でも重要な知見を秘めているように思える。
そういう点で考えると、同時期にG・ベイトソンが精神の生態学を世に送り出していたと言う事実は興味深いように思える。
現代なお多義的解釈可能ができるマストな一冊~コルビュジェの『建築をめざして』以降、最も重要な建築書の中の一つであると賞賛され、『ラスベガス』と並ぶヴェンチューリの名著である。彼は、秩序とは必ずしも整然としているものではなく、真の秩序とはその中に多様性と対立性を包含しているものである、としている。純粋主義に基づく近代建築の「意味の明快さ」に対するアンチテーゼとしての多様性と対~~立性とは、その多様さや対立を包むがゆえの「意味の豊富さ」である。マニエリスム建築を中心とする豊富な図版によるデザイン原理の解説は、ファサードデザインの範疇に限らず現在なお幅広い多様な解釈が可能である。これを読まずして現代建築は語れないと言える「マスト」な一冊である。~
モダンからポストモダンへ機能、合理主義が建築の世界で叫ばれる中、建築の空間はそのためだけに生まれるものではないと言い切ったベンチューリの名著。建築の歴史書としてモダンからポストモダンの流れを掴むもよし、今日当たり前になった建築を当たり前と考えるのではなく、なぜこのような建築が生まれてきたのかを知り自分の設計が歴史ではどのようないちづけであるのか見つめ直す契機を与えてくれる。 歴史の基本的な流れを知ったあとに必ず読んでおく本である。
|