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ニワトリはハダシだ [DVD]

森崎東 肘井美佳 浜上竜也 守山玲愛 原田芳雄 倍賞美津子 加瀬亮 石橋蓮司 余貴美子 
ニワトリはハダシだ [DVD]
定価:¥ 4,935
新品最安価格:¥ 2,795
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商品の紹介
舞鶴に住む15歳の少年サム(浜上竜也)は知的障害を持っているが記憶力は抜群にいい。在日朝鮮人のハハ(倍賞美津子)は潜水夫のチチ(原田芳雄)とサムの教育方針をめぐって対立し、現在妹を連れて別居中である。そんなサムとその家族が、暴力団を巻き込む警察汚職事件に巻き込まれてしまうが…。
鬼才・森崎東監督が『黒木太郎の愛と冒険』『生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』といった怒りと笑いの活劇を彷彿させる新たな快作を作り上げた。ここでは現代日本が抱える社会問題が詰め込められるだけ詰め込まれ、その混沌とした中での猥雑で骨太な笑いから庶民のたくましさが活写されていく構図となっている。倍賞、原田など森崎映画ならではの常連キャストのいつもながらの好演も心地よく、また養護学校教師役の肘井美佳の初々しい快活さも印象的だ。(増當竜也)


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希望はまだある

実のところ、牙狼の肘井さん目当てでDVDを買ったのですが、思いがけず良い映画を見ました。

その主題にもう一歩踏み込め、と何度も思いましたが、日本のような閉塞社会でよくここまでやったとも思いました。こういう映画を作れるなら、まだこの国も捨てたものではないのかも。宇崎竜童の音楽も良い感じです。

気になったこと : このサム君を「重度の」知的障害者と言ってはいけないとおもいますが>パッケージ


テーマとベンツの無駄遣い

映画冒頭、主人公である知的障害児サムの脱糞ショーが、皮肉にもその後の展開を見事に予想させてしまった1本(糞)だ。障害者と健常者、在日と日本人、検察と警察、父と娘などなど・・・さまざまな差別や対立をテーマにした作品ではあるが、そのテーマをつなぐ肝心の脚本の精度がイマイチ。というか、あれもこれもつめこみ過ぎて、どのテーマも昇華しきれないまま中途半端に終ってしまっている。

サムがレインマンのような特殊記憶能力を持っていたがために、警察&ヤクザに追われるはめになるというストーリーはありだが、追われているものがサムなのかノートなのか盗まれたベンツなのか?追っかける方も観ている方も混乱する無理やりなストーリー展開は、とてもサスペンスなどと呼べる代物ではない。トム・クルーズだったらけっして見逃さないであろうサムの特殊能力も、潜水服とともに簡単に海中に沈められてしまう。

ニワトリはハダシだ。<人間に在日も日本人もない>という平等精神を代弁したタイトルはご立派だが、朝鮮輸送船沈没事故同様、仲たがいしていた国際夫婦の復縁にしか使われず、その他のテーマにはいっさい関わってこない。1つのテーマをダシが出きるまで煮詰めるフランス映画などと違って、ダシが出きる前にホイホイとテーマを取り替えてしまう本作品には、使い捨て消費の悪癖が習慣化した日本人のマイナス面が窺える。ただ無駄にベンツを1台つぶしただけの、非常にもったいない映画となってしまった。


素晴らしい人生の映画

とにかく面白かった。
予告編を見て、まったく期待はしていなかった。
だが、友人に勧められて見ると、こんな監督がいたのかと思った。
センスのいい演出がところどころに散りばめられている。
役者の芝居も素晴らしい。
久しぶりにいい日本映画を見た。

こんな作品に出会えると幸せになる。


いまひとつ

いまひとつ サスペンス的なのか サムをとりまく目線のドラマティックものなのか にえきらない作品でした サムとそれを支える人々をドラマティックに描けばいいものを そこに中途半端な事件的な要素をいれたため感動にはいたりませんでした。いまいちおしいです。

映画館でみましたが、最高です。

支離滅裂になる一歩手前で勝負するような
あとひとつつめこまれると見ている私も破綻しそうな
展開であったが、文句なしに感動できた。こまかいところは、
映画を見たあとに、シナリオを読んでも、時系列や位置関係で、
よくわからないところがあるが、そういうところでも
結構泣かされました。なにがそんなによかったといわれても
理詰めでなかなか説明できないのですが、ひとことで言えば
主人公である知的障害者勇(サムと呼ばれる)を取り巻く人々と
その生活空間が発するエネルギーに心を奪われたということで
しょうか?

監督はサム的存在に対して「不可逆的に終末へと向う滅亡期への地球への、最後の抑止力ではないか」 といってられますが、この映画をみて言葉に説得力を感じたのでありました。



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映像の詩学 (ちくま学芸文庫)

蓮實 重彦 
映像の詩学 (ちくま学芸文庫)
定価:¥ 1,575
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hasumiの異常な愛情

「燃えよドラゴン」を「映芸」で当時ナンバーワンにした御仁が書いた優れた映画論。
映画というものを愛している方にお気軽に手にとって欲しい…というのは、詩学うんぬんの前に、映像というものほど作家の内面を映し出す鏡となるに優れているものはないから、優れた映画論は誰が読んでも素直に素晴らしいと思えるものだからだ(だから、アタマの悪い人が書いた馬鹿本は誰が読んでもつまらない)。アルドリッチ、シーゲル、ペキンパー…いい時代だったんですねえ。
個人的に(サム・ペキンパー狂として)「ビリー・ザ・キッド」「ガルシアの首」のくだりには感激。感激すると同時に驚くのが、この批評が2009年の今でも通用すること。淀川さんの映画本のように。
すごい。是非読んで欲しい。


イーストウッドは出てきませんが

蓮實の初期映画評論集で、ドン・シーゲルやロバート・アルドリッチ、サム・ペキンパーといった作家論が主。
それも一見してどこが作家論だと思うような突飛なコジツケを連発するスタイルはやたら模倣者を生んだ。幸い、今はみんな消えましたが。

この頃シーゲルをアラン・レネと並べて、というより上に置いて作家として論じるのはかなり異色だった。
今だとどんな監督でもすぐ作家扱いになっちゃいますけどね。



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死神の谷 [DVD]

フリッツ・ラング ベルンハルト・ゲッケ リル・ダゴファー ワルター・ヤンセン ルドルフ・クライン=ロッゲ ゲオルク・ヨーン 
死神の谷 [DVD]
定価:¥ 1,980
新品最安価格:¥ 1,630
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真の傑作

一般的な知名度は高くないが、映画史の中でも突出した傑作。

ファンタジックな愛のストーリーに重厚なドラマ、巧みな演出、いつまでも心に残るシーン。
どれをとっても今なお色あせることがない。
何より、無声映画ながら情感豊かであり、結末は涙なくして見れないだろう。


発売してくれたことに感謝を…

先ずはこの作品をこの価格で発売してくれた人と会社(WHD)に感謝であります。
凡百のDVDメーカーなら…世界名作なんたらとか、サイレント名作かんたらとかの冠を乗っけて5千円とか…もしかすると一万円はぼったくるに違いありません。
普段は巨大鼠がど〜したとかゾンビがこ〜したとかの楽しい(?)映画を出してる会社なんでそっち(どっちだ?)の方面のマニアには違和感があるやも知れませんが流石にラング…見所満載であります。

サイレントの名作に興味がある人…フリッツ・ラングのファン…落語の死神が好きな人…WHDさんが出しているそっち系(だからどっちだよ?)の作品が好きな人…このソフトは迷わず買いですよ。


幻想的で美しい映像と20世紀初頭のアジア感

谷にある村に高い塀の居場所を築いた死神。この死神に婚約者を連れて行かれた女性が彼を捜し求めて死神と対峙するというストーリー。前半の死神の築いた塀の前に訪れる死者の群れや、ローソクの間で死神と向き合う主人公の女性シーンは幻想的で美しい。「メトロポリス」でアバンギャルドな映像を打ち出したフリッツ・ラング監督がこの作品では幻想的な映像に誘ってくれる。
死神と主人公の女性の思いに絡めて展開する愛と死という永遠のテーマを表す3つの冒険(オムニバス的な作風)は古典的な悲劇(ある種シェークスピア的なあるいはギリシャ神話的な)ではあるものの、そこに現れる人々の前向きな生き様は主人公の婚約者に対する思いを完全に表現する。
そして、死神の与えた最後の試練は永遠のテーマであり、どの映画作家も追及するテーマでもあるが、これだけ直接的に観る者に突き付ける作品はない。

この作品のもう一つの面白さは、サイレント時代の貴重な作品であるだけではなく、20世紀初頭のヨーロッパのアジアに対する見方が実感できるところ。3つの冒険はアラブ、イタリア、中国で展開されるが、特に中国の描き方(中国人をドイツ人が演じているところも面白いが)は中東とアジアの混在する世界になっているところは当時のヨーロッパから見た不可思議な東の世界がはっきり現れていて面白い。フリッツ・ラングもサイレント時代の作品としては「メトロポリス」とならぶ衝撃的な作品であることは間違いない。

ところで、このDVDで観る限り映し出される映像が正方形であるところが不思議だ。フィルム映像を観たことがないのでわからないが、何故この形なのだろうか?


哲学的な筋書きと浪漫派の画面

Tod (死神)は、中世ヨーロッパにおいては、実生活と密着した考えだった。戦争や病気で死は常に身近にあり、一般市民にとっては抑圧以外の何ものでもないカトリックも重しとなっていた。この映画が作られた当時(90年近く前)では、そのような背景が未だ残っていたことだろう。このように、ゴシックの「死生観」に立った哲学的な筋書きがすばらしい。他方、映像は「メトロポリス」のフリッツ・ランゲが完成させたドイツ浪漫派で、プンクトリッヒな画面構成と相合わさって、完璧なものとなっている。時代背景には奥行きがあり、ベネチア、バクダッド、中国へと広がりを見せる。今日でも色あせない名画だ。

独逸浪漫派の伝統でしょうか!

 『グリム童話』にあり、我が国の落語「死神」(これはシルクロード・中国さらには韓国を経由して届いた説話)にもある設定を根幹として、異国への「憧憬」をラングが心ゆくまで楽しみながら創作しています。ただし、「俊徳丸とハインリツヒ」(いわゆる比較演劇あるいは文学・文化論における「血の伝承」)を肯定するわけではありません。むしろ、その逆説になる映画だと存じます。

 『聖書』の一節が「キーワード」となることも、ノヴァーリス著『基督教社会あるいは欧羅巴』の言辞を彷彿とさせます。E・T・A・ホフマンの著作の叙情的怪異譚もだぶってきます。映像も、現代のSFXと比べても見劣りがしません。いうなれば、古いがゆえに新鮮な感覚。また、最初に登場する役者たちも扮装を変えつつ、登場するという演出も巧妙です。

 「メトロポリス」も確かにすごい作品ですが、私は、こちらのほうが、さらに素晴らしいと感じました。それが、この値段、手に入れてじっくり観なければ「損」だと存じます。




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闘争のアサンブレア

廣瀬 純 コレクティボシトゥアシオネス 
闘争のアサンブレア
定価:¥ 2,310
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フリッツ・ラング コレクション ハウス・バイ・ザ・リヴァー [DVD]

フリッツ・ラング ルイス・ヘイワード リー・バウマン メル・ディネリ ジョージ・アンタイル (音楽) 
フリッツ・ラング コレクション ハウス・バイ・ザ・リヴァー [DVD]
定価:¥ 5,040
新品最安価格:¥ 5,040
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これはいい!掘り出し物!驚きました

ラング監督、米時代の日本未公開作品、日本初DVD化。
B級映画会社の作品だそうで、大物スターが出ていなかったために不当に評価されたとか。
コケた「フリッツ・ラングコレクション 扉の影の秘密」の次の作品。

ほとんど省みられず、ラング監督も気に入っていない「ふりをしていた」。
それが、仏の著名評論家が発掘して再評価されたので、日の目を見ているそうです。
だから、プリントは美麗とは言えず、普通の古い米映画の範疇を超えません。
時々酷い雑音や傷があります。

個人的な感想ですが。
映像の程度は並の下とはいえ、映画自体のデキは大変良いように思えます。
自分が見た米時代のラング作品の中では一番面白いかも。
独時代に比べれば、もちろんスケールは落ちていますが、巧みに影を使った演出や主人公の狂気は相当良い感じ。
有名俳優が出ないのは、普通の日本人が見る分には、むしろ映画自体のデキが強調されて良いように感じます。

ちなみに、B級とはいえ、ラング監督の脇を固めるスタッフは一流。
脚色は「らせん階段 [DVD]」のメル・ディネリ、美術は「ウエスト・サイド物語 (コレクターズ・エディション) [DVD]」「サウンド・オブ・ミュージック 製作40周年記念版 (ファミリー・バージョン) [DVD]」のボリス・レヴィン。
低予算作品とは思えない、出色の出来だと思います。

ちなみに、特典映像と付属冊子もまずまず興味深いと思います。


これは凄い、サイコスリラーの大傑作!!!

これは、文句なくお薦めの大傑作! 緻密に計算され尽くされたショットを積み重ねながら、ラングは、つまらないきっかけで殺人を犯してしまった主人公が、罪の発覚を懼れる余り疑心暗鬼になり、強迫観念に捕らわれて錯乱し、破滅に向かって突き進む様を、苛烈と言って良い程の表現によって抉り出してくる。それは人間の「弱さ」などという生易しいものではなく、浅ましさ、汚らわしさ、どうしようもできない愚かさを剥き出しにせずにはおかない。人間の心の奥底に巣くう本質的なおぞましさに対する辛辣な表現は、ラングの作品に共通する際だった特徴であるが、本作はそれが過剰なまでに徹底して、いわく言い難い迫力を醸し出している。壁に映る影、しばしば画面の殆どを占める闇、強烈なクローズ・アップ、意味深長な小道具、見事なセット(これが低予算の「リパブリック」作品!?)、そして効果的な物音。見事な演出で、全編、緩むことなく一気に惹き付けられる。主人公を始め(これほど「嫌らしい」主人公の映画も珍しい!)、登場人物の誰に対しても今ひとつ共感できにくいことが興行的な失敗の理由であろうが、これは凄い作品!!!


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映画崩壊前夜

蓮實 重彦 
映画崩壊前夜
定価:¥ 2,310
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困ったおじいさん

まだ70そこそこなのにこの老衰はどうしたことでしょう。もう誰も相手にしませんが、そのことと今の映画状況に着いていけなくなったことが、このようなタイトルの本を書かせたのでしょうか。醜悪な老人です。

もう時代遅れの老人

東大学長になった嬉しさのあまり、40分も祝辞を述べて、顰蹙を買ったニセ男爵、もう退場してください。

私のために書かれているとは思えないが故に、★ひとつ減

 蓮實はティム・バートン擁護の文章で、「『風と共に去りぬ』に登場する南部の白人の老若男女は(中略)、みずからの階級意識にどこまでも無自覚なのであり、それが今日の観客にはたえがたいものと映るのだが、『Planet of the Apes猿の惑星』の「類人猿」は、あらゆる瞬間にそのことに自覚的だという意味で、ヴィヴィアン・リーやクラーク・ゲーブルより遥かに繊細な神経に恵まれているかにみえる」と述べた上で、監督も「類人猿」もその階級意識の基盤のあやうさを十分に意識しており、この「いつ崩れてもおかしくはない均衡」が、さまざまな場面に魅力を与えていると論じる(p312)。
 「繊細」は蓮實が頻用するキーワードで、ポストモダンとも再帰的近代とも言い換え可能だと私は思うのだが、より興味深いのはここで蓮實が「基盤のあやうさの魅力」に言及していること。80年代半ばから女性誌に連載開始した蓮實と淀川長治・山田宏一の映画鼎談で、淀川が蓮實を「ニセ男爵」呼ばわりし続けたことや、安原顯が「そんなにエライか、東大学長」(『やっぱり本は面白い』所収)で徹底的に下衆な筆致で描き出した蓮實の小心さを、私は想起する。日本人の戯画とも噂される「類人猿」の「あやうさの魅力」の指摘に、蓮實の自己弁護、さらには東アジアにおける西欧の模造とも言うべき日本の「逆説的な優位性」の含意を、私は見てしまう。
 もっとも蓮實的キメ言葉と言えばむしろ「繊細な大胆さ」で(金井美恵子の新著の帯に「繊細かつ大胆」とあったのには、悪いが苦笑)、この本でも何度か用いられている。蓮實がこの表現を使い始めた時期は未詳だが、例えば84年のフーコー論(『表象の奈落』所収)が「繊細さと大胆さの同時的肯定」を論じていて、時代状況から考えてこの「大胆さ」とはドゥルーズの「逃走の線」とか「脱-領土化」に由来するのではないか。
 ほとんど話の収拾がつかないので、ムチャ強引に結論に持っていくと、「ニセ男爵」によるこの贅沢極まりない映画時評集を楽しめる人間の数は、現在ではごく限られている。そこにあなたが含まれるかどうか、保証の限りではない。以上。


貴重な人材です

蓮實さんのような人は貴重です。理論的なものを抑えたうえで、一線の制作動向を押さえ、個別の作品に愛情をもってのめりこむ。基本的に誉めるものだけ書くスタンス。

この本は。。。とにかく読みましょう。
2001年以後だけで70本以上という批評の数に圧倒されましょう。

読めば必ず観たくなる。

*蓮實さん、過去の本もどんどん文庫化してください。お願いします。



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ゼロ年代の想像力

宇野常寛 
ゼロ年代の想像力
定価:¥ 1,890
新品最安価格:¥ 1,890
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もちろんこの本が「正解」ではないけども、星は五つでしょ。

 他レビューの多くが指摘するのは、この本の思想的未熟さ、未完成さだ。それは確かにある。作者若いし。
 それでも現代日本のサブカルを語る上で(あるいは現代日本それ自体を語る上で)確実に押さえておくべき本だと思います。
 一冊の書として、確実に「買い」です。
 なんといっても、その分析が正鵠を得ている。同じ時代を生きてきたから言う訳ではないけども、『ポストモダン状況が推し進められた結果、いわゆるセカイ系が生まれ、更にその結果として<サヴァイブ系>とでも呼ぶべき作品傾向が生まれた』という分析は、ほとんど本能的なレベルで正しいと感じる。九十年代とゼロ年代を端的に二分して考えることも、意外と無かった新しい分析だ。作者は本書冒頭でそのことを現代批評の怠慢だと断罪したりもする。これは正しいでしょう。
 商業的成功をそのまま社会にもたらした影響力、社会とのシンクロ力と看做すやりかたは、もちろん恣意的だったりするのだろうけど、本書が(そして本書を取り巻くポストモダン状況が)明らかにしているのは、「そうした恣意性を敢えて選択しなければもはや何も語れない」という現実だ。主要な論客を片っ端からけなし、主要なサブカル作品を片っ端から己のテーゼに沿って分析するというやり方は、それ自体として<サヴァイブ系>の論述であるが故なのである。
 結論は、間違っていると僕も思う。でもそれならそれで、それはこの本を読んだ人が「じゃあ何が正しいのか」と考えれば良いだけのことがあって、この本を読まずに<サヴァイブ系>な現代を考えるというのは、ほとんど不可能か、少なくとも不誠実であるように思うのだ。


若者に評論の快感を知らせる本

内容についての同意・反論・概括は
他のレビュアーの方に譲るとして、本書の意義について。

「評論」というものが、人々の生活から思い切り遠い存在になってしまった今、
若い層が「評論的なるもの」に触れる機会は激減した。
文学批評を読もうにも、そもそも「文学」というものが絶対数として少なく、
映画批評を読もうにも、映画評論家は死にかけのジジイ共が安全なサークル内で
仲良し馴れ合い学級会を行っているだけ(のように見える)。
少なくとも、外に向けた言語では綴られていない。

では、今の日本で、体系的批評をしうる素材として
潤沢に「数」が用意されているものは何かと言えば
国産アニメと、TVゲームと、ライトノベルである。
宇野氏は、それらを実際に浴びるように体験した
「中の住人」としての経験値を携えながら、
ちゃんと「外部の言葉」で縦横無尽に体系化していく。

これが、批評だ。
しかも、俎上に上がっている素材は、中学生でも触れられるものばかり。
普段慣れ親しみ愛玩している対象が、オトナの言葉で「規定」された時、
中学生の彼らは、はじめて「批評」というものの意味を知る。
物事に太い輪郭をつけることの快楽を味わうのだ。

若人の批評体験を提供してくれる書として、
その意義を大きく評価して良いと思う。

内容が多少強引なところもあろう、主観に寄り過ぎた決め付けがなくもない。
しかし批評など、思い込みと偏りの産物だ。
むしろ、極論ほど読んでいて面白いものはない。
若人は、偏りの快感を入り口に、言葉と戯れる快感に気づくのだから。


素朴なサブカルの社会反映論

筆者はまず、2000年以降つまりゼロ年代の批評の空白、批評家たちの怠惰を責め、東浩紀的なひきこもり=セカイ系的想像力が、もはや古いという視点に立っていることを明示。東以降のエピゴーネンも含め、ひきこもり=セカイ系に内属すること自体が一つの排他的な暴力であり、一つの立場を選んだ「決断主義」であると指摘。本書では、その決断主義の地平をコミュニケーションを駆使して生き抜く「サヴァイブ系」なるものの台頭を、サブカルを通じて論ずる。

帯でかの宮台真司が推薦文を書いてるが、読んでみると著者は文体からして宮台の影響をものすごく受けていることがわかる。しかし、内容には筋が通っているもののその土台となる「大前提自体が間違ってやしないか?」という疑問が浮かぶのも、哀しいかな宮台と似てしまっている。
エヴァやAIR等のギャルゲーをあげつらい、「零落したマッチョイズム」と批判している。しかし、特に後者は消費者にとってのマスターベーションファンタジーとして扱われているきらいが高い。有り体に言えば「おかず」なのであるから、それらをクドカンなどの他のサブカルと同列に扱い批判するのには、ちと無理がないか?もっとも、「それら」を最初に批評活動の土台に挙げたのは大塚英志や東であり、この著者は彼らの大前提に乗って議論を組み立てていると言える。
そもそも、「東的なるもの」というのはオタク文化であり、いくらそれが広大していようと、日本の全人口の何割がオタクなのだろうか、という話だ。批判の矛先があまりにも近視眼的すぎる。そしてさらに言えば、彼らが引きこもるのには理由があり、それはコミュニケーションに敗れたからだ。そんな彼らに、「それはマッチョイズムだ!」だなんて。
とどめを刺してどうする(笑)

この人の結論は、ハーバマスのポストモダニズム批判と似ている所がある。パースパクティブ的、相対主義的なポストモダンにおいても、対話による理性の構築は可能であると。
だが、これはハーバマスにも向けられる疑問だが、そんなこと実際に可能なのか?そして、コミュニケーション自体に参与しない「他者」はどうするんだ?誰とでもコミュニケーションをとれるという前提に立っていることこそが、近代的な、いわばマッチョイズムではないのか?

コンテンツに関する膨大な知識量には舌を巻くが、それらひとつひとつの解釈を数珠つなぎのように連結していく作業が、あまりにも恣意的すぎていて怪しい。ロリコンの一大勢力でかつ、日本中で大ヒットした宮崎アニメが全く論じられていないのにも疑問が残る。そしてそれら作品と社会が、どうつながっているのか、この人は精査しているのか。社会学にありがちな素朴な作品の社会反映論だろう。

何よりも、この人は批評家としてどうなの?と思う箇所がある。
東的な想像力は古く、それに対してサヴァイブ系(この人は限りなく「俺の」と言いたいのだろうが)の想像力は新しい。前者は過去であり、後者が最先端。そして、つきつめれば新しいからこそサヴァイブ系が「正しい」のだと。まともに考えて、みなさんはこれが批評行為と言えるだろうか。僕は絶対にそうだとは認めたくはない。
このリニア的で、時代は常に移ろい、それを代表する価値観は常に一つという考え方は再考できないのか。ひきこもり=セカイ系の想像力とも共存できるのが、真のサヴァイブ系、ではないだろうか?


ナイーブ過ぎる書き手だと思うが今後に期待する

ついに同い年でこんな本を出す書き手が出てきた。必ずしも論旨に感心するわけではないが興味深く読んだ。

サブカル(特にライトノベル、ゲーム、アニメ)を広範に批評の対象とするスタイルは東浩紀に似ているが、宇野は東を批判の対象としている。たとえば東の美少女ゲーム論はゲーマーの自己肯定に過ぎず、批判的視点が欠けている、と。
その内容は、というと簡単に言うと以下の通り。

90年代はみんながアイデンティティを喪失している時代だった。なんで生きているのか、何のために生きるのか、疑問に思っていた。文化的な表象にもそれがあらわれていて、たとえば碇シンジの苦悩がうけた(「エヴァンゲリオン」)。自己肯定的な美少女ゲームがヒットした。

00年代初頭は、「いや、そんな悩んでたら生きていけないじゃん、キャラとか積極的に作っていかないといけないし、価値観とかっててきとうになんか決めない(=決断)とだめでしょ」という認識(「サヴァイブ感」)が主流になった。『バトルロワイヤル』、『リアル鬼ごっこ』、『Death Note』とか。こういう行動様式を、宇野は「決断主義」と呼んで批判し、そういった傷つけあいを回避する回路を探り出そうとしている。

ここまではよい。しかし「決断主義の超克」を目指す宇野が探し当てたのは何か。宇野は、たとえば『木更津キャッツアイ』なんかに見られるような、ゆるやかな、擬似家族的な共同体の構成を目指すことが、決断主義の回避につながるという。人が決断主義に陥るのは、生きるために何らかの物語を必要とするからであるそうな。で、物語はどこにあるか。『DEEP LOVE』みたいな波乱万丈(すぎる)のが物語か。必ずしもそうではない。

<そして現代とは、第七章で取り上げた『木更津キャッツアイ』や『下妻物語』といった優れた郊外小説が描くように、自分から手を伸ばせた、日常の中から未だかつてなく自由に物語を掴み取ることができる世の中なのだ。> (p. 290)

ナイーブな結論だと思うし、これって「超克」とか大層なものじゃあなくて、単に一時的な流行なんじゃないかという気がする。引きこもるのも疲れたし・飽きたし、バトルロワイヤルずっとやってるのもしんどいし、ちょっと身近なところでほんわか生活したいっすね、って、そんなところじゃないか。そういう時代の気分をクドカンなんかが先取りして描き、ヒットさせたんだろう。3年後くらいには、いやこんな身近でぼんやりしてるのもいいんだけど、そろそろすごい冒険したいっすね、って気分になるかもしれない。

テレがないしナイーブ過ぎるところが気になるんだが、読解の仕方はおもしろいし、53年組へのエールをこめて☆4つ。


この10年誰も書かなかったし、書けなかった本

フランス現代思想の研究者兼サブ・カルチャー評論家である東浩紀と、あの宮台真司をもっとも的確に理解し、批評の世界において、両者の理論の批判的継承者となりつつある著者のデビュー作が本書である。

90〜00年代の文化現象について、ここまで的確に解説した本と批評家は、なんのかんのいって、他には存在していない。
内容を要約すると、いわゆるシンプルな社会反映論である。
この約10年間の社会の変化は、物語にどのように影響を及ぼしたのか?そして、いま、何がアクチュアルなのか?

ひとつの作品、一人の作家にこだわるのではなく、著者のアンテナに引っかかった、もしくは、世間で話題になっている作品を、ジャンル横断的にとりあげ、一見バラバラに見えるそれらの作品のテーマが実は似通っていることを指摘するという、数で勝負というか、ある意味統計的な批評スタイルは相当ユニークである。
荒いところも多いが、すくなくとも、こんな本は、この10年誰も書かなかったし、書けなかった。
そういう意味で本書は貴重といっていいだろう。

また「友達をつくれ」という、ある意味素朴に感じられる本書の結論は、もちろん「比喩」ではあるが、それと同時に実存の問題を、世界の問題にすりかえて、難渋に語ってみせる、自意識過多なぷちインテリたちに向けられた「実戦的アドバイス」でもある。

なんとなく知的で繊細そうな文体で書かれているものが批評であり、それを好むのが読書人なのだという、批評の一般的イメージを裏切る、著者の断定的かつアグレッシブな物言いと、偽悪的態度は多くの物議をかもしだしているが、しかし、肯定するにしろ、否定するにしろ、無視したフリをするにしろ、本書が昨今のサブ・カルチャー批評の流れを変えた一作であることは間違いない。



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PC・家電・CD・DVD  |  2009/11/26