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商品の紹介 日露戦争前夜、徳島大尉(高倉健)率いる弘前第三十一連隊と神田大尉(北大路欣也)率いる青森第五連隊は、八甲田山を雪中行軍することに。少数編成で自然に逆らわず行軍する三十一連隊。一方、大編成で真っ向から八甲田に挑んだ五連隊は、目的地を見失い吹雪の中を彷徨し、遭難する。 新田次郎の『八甲田山死の彷徨』を、黒澤明の愛弟子で東宝青春映画の旗手として知られた森谷司郎監督が完全映画化。出演者の中に脱走者が出たとも伝えられる極寒の八甲田で長期撮影を敢行し、正に本物の雪の恐怖が観る者に襲いかかる。また、傲慢な上司(三國連太郎が熱演)の采配ミスで部下が四苦八苦する五連隊の構図は、現代サラリーマン社会とも共通するものがあり、当時「洋高邦低」と呼ばれて久しかった日本映画界で未曾有の大ヒットを記録。日本映画の底力を見せつけるとともに、森谷監督は以後超大作監督として大いに名を馳せることになった。(的田也寸志)
クチコミ情報
70年代の大作「天は我らを見放した」という神田大尉(北大路欣也)の台詞は当時流行語にもなったのを覚えている。組織を駄目にする典型として原作も読まれ、映画もヒットした。また太平洋戦争での極端な精神主義の萌芽もこの明治末期には見られたということも如実に示していて、近代史の観点からも興味深いものを感じる。ただ原作では徳島大尉(高倉健)は女性道案内人(秋吉久美子)にはたいへんドライな態度であったのが、映画では彼女に敬礼までしている。この情緒的なエピソードの挿入はいささか疑問に思う。
今の映画人に見習って欲しい文字通りオールスターキャストの大作であるが、陳腐な映画ではない。それにはなにはともあれ橋本忍の脚本の力が大きいのだろう。どなたかが指摘されているように、決して穴のない映画ではない。しかし、演じる俳優、演出する監督、撮影するカメラマン等々、意気込みが伝わって来る作品だ。かつて日本陸軍が犯した愚行と、戦争の悲劇を伝えようというそれぞれの強い思いが結晶したのだろう。日本映画が不況であった時代に、この作品は気鋭の作品として光を放っていた。今は日本映画に人気が集まる時代となったが、その作品群は、お世辞にも出来がいいとは言えない。安易な企画と、軽い演技しかできない俳優、見え透いたCG、そして凡庸な監督が、今の日本映画を駄目にしている。この映画を見て、何が欠けているのか見習って欲しいと思わせる作品である。
長い『天は我らを見放した』が、当時の流行語になったというこの作品。
昭和の大スターが多数出演。
臨場感ある雪山での撮影。
しかし、長いんです。
2部に分けて上映したらもっとヒットしたのかも知れないのに。
この時代の映画と比べると、今の映画は幼いなぁ。
これ観て、同小説読むか、
読んで観るかしたら、面白さ倍増すると思います。
白い世界と人による地獄素晴らしい、邦画がこんなに良いものとは知らなかった
絶望と恐怖、そして教養が織り交ぜられた内容になっています 私はこの映画は暑い夏に見るべきだと思います。
部屋の中が真冬の八甲田山にいるような感覚になる名優たちの生の演技 本編に入るとひたすら白い世界が広がり、安らぎの場面など全くない そして次から次にバタバタと……
雪も寒い、上司の指揮の混乱も寒い、そして前にも後にも進めず絶望して寒い
私はこの映画を見て雪山いや夏の山でさえ無防備で入りたいとは思いません
奇跡のような映画1977年に劇場公開されたこの作品は、戦後の日本映画の黄金期を支えた傑出した映画人が集結して完成された最後の作品のひとつということができると思う。
このあと、日本映画界は急速に矮小化して、「零細業界」へと没落していくことになる。
今日の多数の映画人を特徴づける、卑小な「個」の世界に埋没した視野狭窄は、こうした作品を創出した世代が年老いていくなかで、支配的なものとなり、今日まで映画芸術を呪縛することになるのである。
黒澤 明を起点として、この作品に参加したひとびと(橋本 忍・野村 芳太郎・森谷司郎)に継承されてきたのは、端的にいえば、「天」の視点から人間をとらえることのできる垂直的な感性である。
換言すれば、それは、その最善の意味における「悲劇の感性」ということができるかもしれない。
真の意味で人間が自己の器と対峙するのは、悲劇のただなかにおいてであることは、時代をこえて、変わらない。
しかし、そのことを忘却するとき、われわれは不可避的に「人間の視点」に埋没し、運命を生きる活力を去勢されていくことになる。
この奇跡のような作品を鑑賞しながら、こうした偉大な作品を創出する感性が数十年前にはまだこの国に息づいていたことを知り、いたく感銘した。
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